京歩き晩秋篇   


二条駅を起点に千本通を上る。

丸太町通交差点に太極殿跡の碑がある。

中立売界隈はかつて西陣興隆期、西陣京極なる繁華街歓楽街だった。
芝居小屋や映画館、居酒屋、スナックがひしめいていた。
その残像が今も幽かに残っている。

すっぽん料理の名店は今も営業中だ。

千本今出川角近くのレトロな喫茶店は祝日ともあって満員御礼。

師走の風物詩「大根だき」の千本釈迦堂は、
12月7~8日の本番前の下準備にいそがしい。

五辻通を西へ。京都最古の花街上七軒の石畳には大勢の観光客。
仏蘭西料理店「萬春」はすでになく、新しい店が軒を連ねている。

やきもちの天神堂で買い食い。

天神さんに足を踏み入れたら、
境内一面に参詣者が広がっていて歩くもままならぬ。
様々な言語が飛び交っていた。

千本通から寺之内通へ。

先日撮影に訪れた折に買い求めた「ととや」のちりめん山椒があまりに美味だったから、
また買い足しに。
美貌の女将と話し込む。聞けば、若い頃に上七軒の芸妓だったという。
古写真を見せて頂く。
それをスマホで撮影。
美人である。
彼女手作りのちりめん山椒は、炊きたてご飯に合う。

土産をザックに詰めているだけで嬉しい。

[PR]

# by kazeyashiki | 2017-11-23 20:55 | 京都 | Comments(0)

無題   

 今日は先日取材したF農場の女性役員の録音聞き起こしをするはずが、細かい書き物がいくつかあって、途切れ途切れで中座。

 昼前から近くのエディオンに外付けハードディスクを見に行き、同じビルのジュンク堂に寄ると、佐藤雅彦さんの『新しい分かり方』が並んでいたので思わず図書券で購入。小泉文夫さんの『日本の音』文庫本が復刊されて平積みされていたのでこちらも購入。神戸の社長に贈呈する『神様と祭』というムック本も買う。

 神戸社長は最近、日本各地の祭りに興味津々なのだ。キャンピングカーを購入して各地に出掛ける計画があるらしい。日本には大小、実に多彩多様な祭りがある。「ケ」の続く日常を破るものとして「ハレ」の祭りが開かれる。五穀豊穣、豊作を願うものが多いが、日本三大祭りの祇園、天神、神田の祭りは農業とは関係のない、町っ子の祭りだ。疫病封じの鎮魂がその根っこにある。

 帰宅してPCに向かったものの電話やメールが次々ときて、聞き起こしができない。明日は勤労感謝の日だから今日中に連絡しておこうという魂胆なんだろうけど、おれには祝日は関係ない。晴れなら京都へ行く予定だ。五辻と姉小路を歩く。予報では昼まで京都は曇り空。写真をとってもあまり使えないだろうな。朝の時点で決定しよう。

 年末の進行なので〆切が早い。ゆっくりできるようになるのは12月20日頃か。読みたい本がたまっている。新井さんからもらった伊集院さんの『琥珀の夢』上巻残り少し。

[PR]

# by kazeyashiki | 2017-11-22 23:18 | 暮らし | Comments(0)

疲れたときのバート・バカラック(笑)   

肉体を酷使した(といってもたかが知れているが)とき、
仕事が終わってひと息つくと
ビールがうまい
……のは、言うまでもない。
ナッツくらいあればいい。
テレビはかしましいだけだから点けず、
音楽。

そんなときにいいのがバート・バカラックだ。
古いものなら尚更いい。
湯舟につかりながら聴くのもいい。
今の音楽とはかなり違う、
ノスタルジックさがいい。

昔、
亡き友のクルマに乗せてもらった折、
カーステから流れて来た「遥かなる影」。
すこし音量をあげてもらったくらいにきれいだった。
カーペンターズの歌ごえ。
こんなイージーリスニングポップスなんか!
と思っていた年齢だったけど、
青いシビックのなかで流れて来たこの歌に、
音質に
ニュアンスに、
感動してしまった。

疲れたときに聴くバート・バカラック。
こんな感触になるとは思わなんだ(笑)
だが、心地よいのであるな。

「ウォーク・オン・バイ」
「小さな願い」
「サン・ホセへの道」
「エイプリルフール」
「プロミセス・プロミセス」
「雨にぬれても」
その他もろもろもろ……。

聴きながらビールを飲むのを至福と呼ぶ。

[PR]

# by kazeyashiki | 2017-11-11 21:30 | 暮らし | Comments(0)

  

このところ週末になると雨が降る。
歩きに行こうにもこの雨では行けない。
しかも台風だから風雨が強い。
ちょっとした買い物に行ってもずぶ濡れだ。
服が濡れるのは心地悪い。

映画『明日に向かって撃て』に
”雨にぬれても”という歌があった。
百貨店などでこの曲が流れると、
店内で働いている人に、
「雨が降りはじめましたよ~」と伝える
暗号みたいなものだけど、
客だって結構知っていて、
”外、雨が降って来たみたい”
などと言う。

歌詞に、
”I'm never gonna stop the rain by complaining”
という一節がある。
「雨を上がらすなんてできないし……」
みたいな感じなんだろう。

雨の歌、雨の詩、雨の絵、雨の映画のシーンなど、
雨が主題や通奏低音となる物語は多い。

雨宿りに入ったところから物語が始まる
井上ひさしの『雨』や、
半村良の可憐な小説『雨やどり』、
山本周五郎の『雨あがる』などを思い出す。
もっとたくさん雨がモチーフの物語はあるんだけどね。

銀色昆虫館の『風屋敷百年物語』という芝居は、
ずっと雨が降り続く日々を描いた。
おそらくマルケスの『百年の孤独』に影響されている。
話は全然違うけど、
降り続く雨のイメージだけを借りた物語だった。
題名もそうだけど。

扇町ミュージアムスクエアで上演した、
『怒濤の都』の第一作では、
幕切れに舞台に雨を降らせたこともあった。

どうもおれは雨が好きなのかもしれない。

[PR]

# by kazeyashiki | 2017-10-29 13:57 | 素描 | Comments(0)

鳩笛の季節   

夕焼け空を眺めながら歩き帰って来ると、
風が、あきらかに季節の移り変わりを伝えてくる。
冬の前のあのどこか淋しいような、人恋しいような、
いつか感じたなつかしさのようなものが掠めていく。

ふと、長谷川きよしの歌「鳩笛」を思い出す。

♪~鳩笛は日の昏の音色 忍び寄る冬の足音

  鳩笛に亡き友を想う 岩木山雨に煙る日

  鳩笛を唇にあてる 思い出は雲と流れて

  鳩笛に涙する人よ 君もまた津軽生まれか~♪

作詞は清水みのる(明治36年~昭和54年)で、
田端義夫の「かえり船」や「別れ船」の作詞者でもある。
浜松生まれだから津軽にはいつか旅をされたのであろう。
そして、津軽の地で思うことがあったのかもしれない。
鳩笛の音色を耳にしたのかも。

過去は美しいものではない。
一つひとつの出来事には複雑な気持ちになることもある。
赤面し、うろたえ、穴があったら入りたいことが多い。
だが、漠然と”過去”と言ってしまえば、
それはまさに漠とした、細長い連なりのようなものであり、
もう二度と立ち帰ることのできない時の向こうの世界だ。
そして、そこには会うことの叶わぬ者たちの面影がある。
”亡き友を想う”のは、共に生きて来たあかしだ。

だからこそ、思い出す以外に手はないのだし、
書き留めるしかない。歌や手記に。



[PR]

# by kazeyashiki | 2017-10-26 18:17 | 素描 | Comments(0)