5ヶ月   

3月11日から今日で5ヶ月経った。
TVで、行方不明になった妻の死亡届を出すことをためらっている夫のことが
報道されていた。
行方不明者数は4700人余りだという。
そのうち、およそ半数以上の死亡届は出ているが、
残りはまだ行方不明のままになっている。

自分の身内だったらどうするだろうか。
5ヶ月経って姿を見せないのであれば死んだと考えるか、
あるいは考えないか。死亡届を出すか出さないか。

この場合、死亡届を出さない理由の内実は、
死んだという事実を認めたくないという心理からだろう。
もっとも、”まだどこかで生きている”というのは非現実的だ。
しかし人は、その非現実性に心理的に抗うことをする。
その抵抗はある種の空虚さを持っているが、
非現実性を認めてしまうことでふりかかる苦痛が大きいことも知っている。
苦痛のなかに身を置きたくないから認めるを回避する。
そしてその苦痛は、自分の拠り所を失う不安も持っているのだ。

自分のこととして考えると、そういう心理の経路が見えてくる。

「お父ちゃんは死んでない!」
そう言いながら大泣きしていた女の子がいた。
幼い弟の手をにぎって、親類だろうか、中年の女性に訴えていた。
女性は「死んでないよ死んでない」と少女に言い返した。
だが少女はまた同じセリフをくりかえした。
「お父ちゃんは死んでない!」
弟は指をくわえて、だれを見るでもなく前を向いて立っている。

そんな光景を5月にみた。
福島県のある商店街の通りの真ん中でのことだった。

その後のことはなにも分からない。
だけど少女は今でも、
「お父ちゃんは死んでない!」
と叫び続けているかもしれない。胸の中だけかも知れないけど。

泉谷しげるが、清志郎が死んだとき、
「おれは死んだなんて認めない」
という言い方をしていた。
こういう言い方をする人が時折いるが、気持ちは分かる。
ぼく自身、友人を亡くしたとき、認めたくなかった。

あの震災から5ヶ月。
関西にいるとだんだんあの事象が遠ざかっていく感覚になってしまうが、
まだ三陸沿岸部の海岸線には人が寄り付かず、田畑は耕されず、
避難したまま戻れない人々がいる。
そして行方不明の人と、帰りを待っている人がいる。
[PR]

by kazeyashiki | 2011-08-11 00:01 | 世界 | Comments(0)

<< 戦争が終わった日に 甲子園、夏。 >>