戦争が終わった日に   

戦争の話を、亡父からなんども聞いて育った。
中国大陸に従軍していて、復員したのが昭和22年のこと。
鹿児島に船が着き、大阪まで列車に揺られて戻り、
壊滅状態にあった大阪の街をみて嘆き、
母と弟妹が疎開していた京都吉田山まで向かい、
ようやく「戦争から還ってきた」と感じたという。

戦火の下の話は、幼い私に悪夢を見させるほど恐ろしかった。
だが、ありのままを語ってくれたことに今は感謝している。
「日本兵がかの地で何をしたか……」
その後、それらを記録した書物でも知ったが、
父から聞いた話がもっとも強烈な印象として残っている。

復員してきた者も、それからただちに社会復帰したわけではなく、
多大な苦労があったと聞いた。
父も健康を損ない、復学する予定がダメになり、
しばらく入院生活を送ることに。
しかしその結果、健康を取り戻して私がこの世にやって来たのだから、
厚かましい言い方だが、「よかった」と思う。

そして今日、終戦記念日。
66年の歳月はだんだんと消え去っていくが、
遠近法だと思う。
遠くにある地点から地続きで今がある……そう感じる。
決してどこかで途切れてなどいない。

小学生のとき、私達の先生は戦前の教育を受けた方々だった。
価値観が一変したなかを生きて来られた先生がたであったが、
今も、平和の尊さを言い聞かせてくれていた先生には、
なつかしいぬくもりを感じる。

ふと、寺山修司の文章を思い出す。
彼は青森県で国民学校の3年生だった。

「つかまえたばかりの唖蝉を、汗ばんだ手にぎゅっとにぎりしめていたが、
 苦しそうにあえぐ蝉の息づかいが、私の心臓までずきずきと、ひびいてきた。」

夏。青空。まぶしい光。白い運動場。8月15日。
寺山作詞の「戦争は知らない」はちょっと感傷的だが、
寺山修司にしか書けなかった詩であることはたしかだと思う。

 ♪〜野に咲く花の名前は知らない
   だけども野に咲く花が好き
   帽子に一杯摘みゆけば
   なぜか涙が涙が出るの

   戦争の日を何も知らない
   だけど私に父はいない
   父を想えば ああ荒野に
   赤い夕陽が夕陽が沈む
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by kazeyashiki | 2011-08-15 20:00 | 世界 | Comments(0)

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