インドの朝   

インドのカルナータカ州ゴカックにでかけたときの話のつづき。



ある朝はやく、その日取材するアッパイヤくんの家に到着した。
まだ夜明け前、彼が目ざめて、朝の支度をし、食事をしてから、
雇われの畑仕事にでかけていくシーンを撮影するためだった。

村の中心部からすこし離れた場所にアッパイヤの住む家があり、
家の裏には広大な平原が広がっていた。朝靄がたちこめている。
アッパイヤ一家はまだ眠っていて、おれ達は静かに待っていた。

すでに起き出した村人たちが、朝食作りのための火を熾したり、
水を汲むために、村の中心にある井戸端に集まったりしている。

すると平原の彼方から歌声が聞こえてきた。
ゆるやかな調子の、深い、女性のうたごえである。
その唄を聴いて、すぐにそれがインドの国歌であることが分かった。

「ジャナ・ガナ・マナ」という原題のその唄を、
おれは幼い頃から親しんできた。
それは、1964年に開かれた東京オリンピックのとき、
景品かなにかでもらった「世界の国歌」というレコードに収められていたもので、
演奏だけの楽曲だったが、世界各国の国歌を聞くことができた。
インドをはじめ、30ヵ国くらい収録されていた。

なかでもインドの国歌の、美しく物悲しい旋律に惹かれた。
「インドの朝」とも呼ばれていて、朝靄の平原の情景によく合った。
しばし聞き惚れていたら、インド人ドライバーの青年が寄ってきて、
「あの唄を知っているか?」と訊ねた。
「ああ、知ってる。”インドの朝”やろ?」
すると青年は微笑みながら、目を見開いた。
「いい唄やね」
「私達の誇りだ」と青年は言った。

インドは28の州から成る共和国で、方言を含めば800以上の言語がある。
連邦公用語はヒンディー語だが、紙幣には13の言語が書かれていて、
「この紙幣の所有者に100ルピーを支払うことを約束するものである」
という、ちょっと難しいことが書かれてある。

インドは先住民トラヴィダ人とアーリア人の混血種の人種の国だが、
地域によって言語、文化、風習などが異なっている。

だが、国歌にかんしていえば、
この「ジャナ・ガナ・マナ:インドの朝」によって民族が結ばれているようだ。
バングラデシュの独立、パキスタンとの国境問題などを抱えているが、
ここ中央インドの平原においては、この唄が人々のこころを捉えている。
それは美しい旋律にも拠るのかもしれない。

まだ明けないけれど、朝靄が静かに棚引く平原の彼方から聞こえる唄……
不用意に使いたくはないけれど、それはとても幻想的な情景だった。


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by kazeyashiki | 2011-09-07 09:00 | 世界 | Comments(0)

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