消えた店々   

大阪にある「消えた名店」なる文章を書いていた。
淡路町の「丸治」や、法善寺の「樹の枝」などで、
これは池波正太郎の文章から知った店だ。
「丸治」は、いかにも船場の商家風の建物で、看板も暖簾もなかったという。
料理は「あぶらめ(鮎並)」や「わかめと若竹の吸物」「さらし鯨の酢味噌」
といったもので、酒は菊正宗の樽だったという。
もちろん、有名な「船場汁」もあったことだろう。
これは、塩鯖と大根や人参などを煮込んだ具だくさんの汁物だ。

一方、法善寺の「樹の枝」は焼鳥屋で、池波の文章を引くと、
「見るからに苦っぽい亭主が愛想ひとついわぬばかりか、客に噛みつきそうな面がまえで鳥を焼く。そのそばで、これまた不愛想きわまりないおかみさんが、黙念と鳥へ串を打ち、酒の仕度をする。」(「大阪から京都へ」『食卓の情景』新潮文庫)
しかし店前は常に行列状態であったそうな。

これらの店が消えたのはもう随分前のことで、おれは立ち寄ったことがない。
出かけて食べた店で消えてしまった店といえば、天満のお好み焼き店「菊水」がある。
名物のおじいが店を仕切っていた頃に行ったのだが、なるほどうまかった。
だが、聞けば、おじいが亡くなられた後は、味が落ちたという。

長らく暮らした京都の「消えた店」としては、
最近、「グリルアローン」(寺町御池上ル)が閉店したという。
ここの名物はなんといっても「オムライス」である。
何しろ巨大だった。腹を空かせた役者たちにはご馳走であった。
また、同志社大学近くの「侘助」も閉店して、マンションになっているそうだ。
さらに出町柳のラーメン専科「いちばん」も、いつのまにか閉店したという。

どこの店も常連というわけではなかったけれど、
たまに立ち寄ったり、店前を通りすぎたりして確認するのが楽しみだった。

だが、京都でいちばんの思い出の店としては、「豊楽」を挙げないわけにはいかない。
「豊楽」は焼肉店である。
劇団員を可愛がってくれたおばちゃんは今どうしているのか。
一度、探索に出かけなければと思っている。

「豊楽」にまつわる話は多い。
別段、ドラマチックな物語があるわけではない。
しかし、
そこに繰り広げられるエピソードの数々は、おもしろい物語になると思っている。
書けばいい、ということですね。
ノスタルジックというジャンルがアメリカの書店にはあるが、その類だろう。
ぼちぼちと進めよう。
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by kazeyashiki | 2012-05-29 12:00 | 記憶 | Comments(0)

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