いい言葉   

さいきん聞いた、印象に残った言葉から。



「気持ちは映らないっていうけど、でもやっぱり映るんですよ。どこかでそういうのがあるんだよ。」

 高倉健さんの言葉だ。先日、N氏と平野町の「遊亀」に飲みに行ったとき、N氏がしきりと、前の晩に放送された高倉健さんの番組のことを語る。9月8日と10日の2夜にわたり高倉健スペシャル番組が放送されたようで、N氏は8日放送分のことを言っているのだった。「お袋も見ていたんやけど、だいたいお袋は健さんのような役者は好きやない。でも、見終わってから〈なかなかカッコイイなあ〉って言うんや」N氏は日本酒の酔いもあって、高倉健へのオマージュを熱く語る。北野武は健さんを評して、「日本人がいちばん好きな孤独感を体現している。」と言ったそうだし、N氏によれば武さんは「健さんはシロナガスクジラだ」と喩えたとか。なんとなく分かるようで分からないのだが、NHKでは14日に再放送するみたいだから、チェックしよう。

 気持ちが映る……というのは、なかなかいい表現だと思う。言うべき人が言って映えてくる言葉だ。映るは、移るであり、遷る(動かす)にもつながる気がする。「うつる」の「うつ」という言葉の語源はどこにあるか。ネットや白川静さんの本で調べてみた。

 「うつ」は「鬱」という言葉が連想しやすい。「打つ」もあるかもしれない。「う」というのは、上から下へ沈んでいく様子を表現するらしい。「杵をうつ」という振り下ろす動きや、「手を打つ」ことで出来事を収束させる。つまり事態を落ち着かせる。「う」とは、ひとつの終わり、終焉を言い表す言葉だという。「うっ」と、息が詰まるときの声でもある。また「つ」も、「着く」「突く」「就く」と、ひとつの結果を表す。なので「う+つ」には、「終わること」の二重の意味が含まれている。だが、物事が終わっても人は生きていく。また始めなければならない。そこで「移る」「映る」「遷る」は、「終わりからのはじまり」を意味するらしい。

 また「うつ」が含まれる言葉に「美しい」がある。「うつくしい」は、みずからがそれを失った(終わった)ものを評して使う言葉で、子供の無邪気な様や、活き活きとした様子をみて、「美しい」という。元来「うつくしい」は、弱者に対して使った言葉であったそうだ。つまり、失ったもの、終わったことが「う+つ」にはあると解釈してもいい。

 「気持ちが映る」という健さんの言葉は、ひとりの俳優が架空の人物を演じながらも、そこに俳優が得てきたさまざまな人生の経験や記憶が色濃く反映されていて、そこから導き出されてくる結晶が「気持ち」なのかもしれない。俳優は演じる前に、「その気持ちになる」という営為を積み重ねている。それは実に困難で、苦しい作業であるかもしれない。しかし演じたことによって映像に撮され、残されていく。おれたちはその映画を見て、健さんの「気持ち」を知る。結晶を見る。映画館から出てきたら健さんになっているかのようになる……というのは正しい姿かもしれない。「移って」しまったのだから。

そんなふうに思った。



つぎの言葉。

「感性は持って生まれたものだけど、感受性は後で身につけられるもの。決して才能には恵まれなくても、感受性がいい選手は伸びるというのが僕の実感です。」

 これは、小谷正勝氏の言葉である。昨年まで巨人の二軍投手コーチをしていた人物で、現役時代は大洋のリリーフとして活躍した。そして上記の言葉は、DeNAの三浦大輔を評して言った言葉である。プロ野球のことは詳しくないが、小谷氏のこの言葉は指導者、教育者としての氏の感覚の良さが表れている。こうした考えの人のもとで育てられた者はきっと伸びると思う。ちなみに小谷氏は現在巨人で活躍している山口鉄也を見出した人でもある。

 感受性は後天的なもの、ということなのだが、後天的というより、後得的なものという気がする。もとより自分の才能のなさに気づいて長いおれだが、こうした言葉を聞くと長い間なにもせずにサボって来ているなと思う。なにをサボっているのか、目的語は多種多様ある。三浦のような野球選手なら肉体的な鍛錬の部分が多いのだろうが、しかし肉体だけを鍛え上げることで感受性は身につくかといえば、そうではないと思う。多くの本を読んだからといって、いい書き物ができるとは限らない。知識ばかり振り回し、人格的に安物くさい奴になってしまうこともある。そういう人物を知っている。おれだ。知っているというのは構わないが、知っているだけではダメ。応用が必要なのだ。だがそれができないと結局それだけの雑学知識ボックスになってしまう。しかも妙な功名心やプライドや顕示欲が横滑りしてきて、ウソや妄言が入り交じり、最終的に論理的破綻に向かい、信頼を失う。自分がたどって来た道だからこれは自信を持っていえることなのだ(自慢するな!)。



 ということで、今日はここまで。

 
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by kazeyashiki | 2012-09-13 12:00 | 素描 | Comments(0)

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