ふたたび外套の季節がめぐって来た。   

寒風が落葉を舞い上げている舗道。
マンションの玄関前を一心に掃いている管理人さん。
冬がゆっくりと南下してきている。
朝早く街路を歩けば、マフラーで顔を覆った人たちが歩いていく。
みんなコートを着込んでいる。
オーバーや外套とはいわなくなったが、同じものだ。

おれもコートを着て外へ出て行く。
普段着は、キラーループというイタリアのスノーボードウェア製。
家人が店で働いていた時期、安価で買った。
今このメーカーは日本から撤退しているからショップはない。
すでに15年以上は着ているから、くたびれている。

一昨年、バーバリの紺色のコートを手に入れた。
自分で買ったのではなく、ある記念のプレゼントで頂戴したのだ。
これがなかなかいい。
着始めた頃、ヨーロッパ風の縫製だからか、腕や腰廻りがきつかった。
だが、次第におれの身体に合うようになって来た。
〈伸びた〉ということなのか、よくは分からない。
しかしだんだんと身体にフィットして来たことは確かなのだ。
今ではすっかり〈おれ用〉になってくれている。
いわゆる、トレンチコートと呼ばれているもので、結構高い。
貰わなかったら絶対に買うことがないだろう。
バーバリは1856年創業で、おれが生まれるちょうど100年前だ。
だからというわけではないが、とても気に入っている。
いつか町で盗まれてしまいそうだ。
アカーキー・アカーキエヴィッチのように。

昨日、ぷよねこ君と西梅田の「銀座屋」で立ち飲んだ。
ぷよねこ君は、コットンパンツに丸首で紺のセーター、
白いシャツの襟が出ているというスタイルで、髪も短く刈り込んでいた。
まるで「メンズクラブ」の〈街のアイビーリーガース〉といった感じ。

おれが高校生のころ、友人の間でこの「メンクラ」が行き来していて、
とりわけ人気だったのがこの〈街のアイビーリーガース〉だった。
街を歩く、無名でおしゃれな若者の写真が掲載され、
どこのメーカーのものであるかが明記されているという単純なものだが、
「やっぱりこのシャツはVANか」だの「靴はリチャードなんやな」
「このエンブレムはカッコイイな」などと言い合っていたのだった。
そんな中に、年輩だけど見事にアイビーを着こなしている人がたまにいて、
「渋っ!」などと言っていたのだが、
おそらくその年輩者の年齢は、せいぜい3、40代だったように思う。
高校生にとって40代は遥か向こうの世界の住人である。
「こういう大人になりたい」と思ったかどうか。
だが、今や50半ばの年齢に差し掛かっている自分を考えると、
高校や大学生がこちらをどう見ているか……気にならないけどね。

そうしたことからいえば、ぷよねこ君は「渋っ!」の50代なんだが、
果たして現代の高校大学生がアイビーリーガースを知っているかどうか。
そういうファッション・ジャンルがあることすら知らないかも。
彼にはぜひともダッフルコートを着用して、できれば足許は、
デザートブーツかチャッカーブーツでキメてもらいたいと思う。
完璧だ(^^;)

ぷよねこ君から、もう20年以上前にヨーロッパ土産に外套をもらった。
2着も。
濃紺のと、グレー地にいくつかの色彩糸が走る柄のもので、
前者は肩が凝るくらいに重い。後者は劇団員が欲しがったので贈呈してしまった。
濃紺の重い外套はここしばらくクローゼットのなかで眠っている。
着るにも体力が必要であることは、ここ最近の〈軽くて温かい服〉に反比例するが、
外套と呼ばれていた時代、それは当たり前のことだったのかもしれない。
〈ヒートテック〉なんて言葉もなかったわけだし。
山に登る人たちの姿をみても、昔と今じゃずいぶん違うもんね。
今年の冬、あの濃紺の、一度洗濯屋に出したら、
「これはどこのものですか!?」と驚かれた外套。
おれは洗濯代の高さに驚いてしまったのであったが、
あの外套くんを目覚めさせてみるか。

木枯らしの吹くたそがれどき。
吹きくる風にむかって顔をあげて歩いていくことは、寒いけど潔い。
縄のれんが、熱燗が、鍋が、なんて言ってはいけない。
やせ我慢する。
それがダンディズムだなんて言わないよ。
寒い季節の到来をすこし、
ほんのすこし、楽しんでいるだけなんだと強がっておこう。
[PR]

by kazeyashiki | 2012-12-04 15:13 | 素描 | Comments(1)

Commented by ぷよねこ at 2012-12-06 13:03 x
あの日の僕は1000円散髪したてでした。
コットンパンツじゃなくてデニムでした。
街のアイヴィーリーガーには遠いね。
ワラビーは好きだったけど足に合わなくて残念だった。
あの2着のコートはベルリンの泥棒市で買ったものだ。
よく持ち帰ってきたものだ。

<< 梵鐘を撞く 死の山脈 >>