カテゴリ:素描( 28 )   

いい言葉   

さいきん聞いた、印象に残った言葉から。



「気持ちは映らないっていうけど、でもやっぱり映るんですよ。どこかでそういうのがあるんだよ。」

 高倉健さんの言葉だ。先日、N氏と平野町の「遊亀」に飲みに行ったとき、N氏がしきりと、前の晩に放送された高倉健さんの番組のことを語る。9月8日と10日の2夜にわたり高倉健スペシャル番組が放送されたようで、N氏は8日放送分のことを言っているのだった。「お袋も見ていたんやけど、だいたいお袋は健さんのような役者は好きやない。でも、見終わってから〈なかなかカッコイイなあ〉って言うんや」N氏は日本酒の酔いもあって、高倉健へのオマージュを熱く語る。北野武は健さんを評して、「日本人がいちばん好きな孤独感を体現している。」と言ったそうだし、N氏によれば武さんは「健さんはシロナガスクジラだ」と喩えたとか。なんとなく分かるようで分からないのだが、NHKでは14日に再放送するみたいだから、チェックしよう。

 気持ちが映る……というのは、なかなかいい表現だと思う。言うべき人が言って映えてくる言葉だ。映るは、移るであり、遷る(動かす)にもつながる気がする。「うつる」の「うつ」という言葉の語源はどこにあるか。ネットや白川静さんの本で調べてみた。

 「うつ」は「鬱」という言葉が連想しやすい。「打つ」もあるかもしれない。「う」というのは、上から下へ沈んでいく様子を表現するらしい。「杵をうつ」という振り下ろす動きや、「手を打つ」ことで出来事を収束させる。つまり事態を落ち着かせる。「う」とは、ひとつの終わり、終焉を言い表す言葉だという。「うっ」と、息が詰まるときの声でもある。また「つ」も、「着く」「突く」「就く」と、ひとつの結果を表す。なので「う+つ」には、「終わること」の二重の意味が含まれている。だが、物事が終わっても人は生きていく。また始めなければならない。そこで「移る」「映る」「遷る」は、「終わりからのはじまり」を意味するらしい。

 また「うつ」が含まれる言葉に「美しい」がある。「うつくしい」は、みずからがそれを失った(終わった)ものを評して使う言葉で、子供の無邪気な様や、活き活きとした様子をみて、「美しい」という。元来「うつくしい」は、弱者に対して使った言葉であったそうだ。つまり、失ったもの、終わったことが「う+つ」にはあると解釈してもいい。

 「気持ちが映る」という健さんの言葉は、ひとりの俳優が架空の人物を演じながらも、そこに俳優が得てきたさまざまな人生の経験や記憶が色濃く反映されていて、そこから導き出されてくる結晶が「気持ち」なのかもしれない。俳優は演じる前に、「その気持ちになる」という営為を積み重ねている。それは実に困難で、苦しい作業であるかもしれない。しかし演じたことによって映像に撮され、残されていく。おれたちはその映画を見て、健さんの「気持ち」を知る。結晶を見る。映画館から出てきたら健さんになっているかのようになる……というのは正しい姿かもしれない。「移って」しまったのだから。

そんなふうに思った。



つぎの言葉。

「感性は持って生まれたものだけど、感受性は後で身につけられるもの。決して才能には恵まれなくても、感受性がいい選手は伸びるというのが僕の実感です。」

 これは、小谷正勝氏の言葉である。昨年まで巨人の二軍投手コーチをしていた人物で、現役時代は大洋のリリーフとして活躍した。そして上記の言葉は、DeNAの三浦大輔を評して言った言葉である。プロ野球のことは詳しくないが、小谷氏のこの言葉は指導者、教育者としての氏の感覚の良さが表れている。こうした考えの人のもとで育てられた者はきっと伸びると思う。ちなみに小谷氏は現在巨人で活躍している山口鉄也を見出した人でもある。

 感受性は後天的なもの、ということなのだが、後天的というより、後得的なものという気がする。もとより自分の才能のなさに気づいて長いおれだが、こうした言葉を聞くと長い間なにもせずにサボって来ているなと思う。なにをサボっているのか、目的語は多種多様ある。三浦のような野球選手なら肉体的な鍛錬の部分が多いのだろうが、しかし肉体だけを鍛え上げることで感受性は身につくかといえば、そうではないと思う。多くの本を読んだからといって、いい書き物ができるとは限らない。知識ばかり振り回し、人格的に安物くさい奴になってしまうこともある。そういう人物を知っている。おれだ。知っているというのは構わないが、知っているだけではダメ。応用が必要なのだ。だがそれができないと結局それだけの雑学知識ボックスになってしまう。しかも妙な功名心やプライドや顕示欲が横滑りしてきて、ウソや妄言が入り交じり、最終的に論理的破綻に向かい、信頼を失う。自分がたどって来た道だからこれは自信を持っていえることなのだ(自慢するな!)。



 ということで、今日はここまで。

 
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by kazeyashiki | 2012-09-13 12:00 | 素描 | Comments(0)

傍聴   

裁判の傍聴席に初めてすわった。
これまで自分が被告になったことは二度ある。
交通違反で罰金刑になったとき、
裁判官と向かい合って判決を言い渡されたのだ。
時間にして数分。「はい」と罪状を認め、ハンコを捺した。
おれの後ろには、同じ被告が列をつくっていた。
内容は、バイクで飲酒運転をしたというものだった。
22歳頃のことだ。
そこは、空港にある両替所みたいな感じだった。
まあ、これも裁判であろう。
だが、今回は"きちんとした法廷"だった。

裁判の内容は飲酒運転による事故。ケガ人が出たものだった。
被告は若い男性。証人は彼の父親だった。
裁判長、書記官、検事、弁護人がいて、
裁判官は、懲役1年程度の裁判なら1人だという。
証人、被告とも証言する際は、真実をいうと宣誓する。
ウソをいえば偽証になると裁判長から念を押される。

弁護人は被告の立場を守るために語り、
検事は被告にいくつもの質問をしながら矛盾点を突く。
刺々しい雰囲気ではなく、劇的でもない、平熱の展開だった。
最後に裁判長が被告にいくつかの質問をして終わった。
検事は懲役1年を求刑し、判決は10日後に出るということだ。

これまで裁判の法廷に何度も出たという友人がいる。
今回と同じような事故であったり、家族や相続問題など、
刑事、民事とさまざまだ。
だが、まったく裁判所というところに無縁の人もいる。
できれば裁判所とは関わりを持ちたくないという人もいるだろう。

だが今回傍聴席にすわり、時間にして40分程度の裁判を見て、
これまでに体験していない種類の感覚を得た。
それは、法律という目に見えない網が、
おれたちの周囲に張りめぐらされているということであり、
網に触れる、網を越えると、起動する装置であるという感じ、
ということだろうか。なかなか興味深かった。
法律には疎く、係わることもなく生きてきたと思うのだが、
しかしまったくの他人事であるとはいえない。
被害者にも加害者にもならないということは断じて言えないのである。

帰路、同行者と夕方前のビールを呑んだ。
なぜか喉がカラカラに渇いていたので生ビールはうまかった。
店では古いロックが流れていた。
なつかしいキング・クリムゾンのナンバー、
"The Court of the Crimson King"だ。
クリムゾン・キングの宮殿と訳されているが、
Courtは、法廷、裁判所という意味があったはず。
たまたまだけど……。



8月20日、
報道ジャーナリストの山本美香さんがシリアで亡くなった。
ご冥福を祈りたい。
合掌。
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by kazeyashiki | 2012-08-21 12:00 | 素描 | Comments(0)

今日の記録   

油床

昼メシを食べに近所の中華料理店にいく。
昼どきなので混んでいて、店頭でしばらく待つ。

厨房から冷やし中華二皿を銀のトレイに載せ、
テーブルへ運ぼうとしていた若い店員が足を滑らした。

野菜が宙を舞い、
麺は床に散乱し、
皿は割れて、
兄ちゃんはスライディング状態で横たわる。

中華料理店の床はとてもよく滑る。
プロでも滑るのだから注意しなくては。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

雨中の三女

地下鉄の階段をのぼって来たら、大雨が降っていた。
出入口付近には傘を持っていない人たちでいっぱいだ。

私は傘を常に持っている。

歩き始めると舗道にはだれも歩いていない。
みんな店や銀行の軒下に避難し、いきなり雨を降らせた空を見上げている。

傘の人である私は強い風に抗いながらも歩き進んでいると、
向こうから女性3人が悠々と歩いてくるのが傘のすき間から見えた。

彼女たちは無傘で、
急ぐ様子もなく、
3人ならんで会社かなにかの話をしながらやって来るのだった。

まるで雨などいずこに?といった風情なので
驚いた。

最近、ワイルドな女性が出現している気がする。
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by kazeyashiki | 2012-08-07 00:00 | 素描 | Comments(0)

倫敦オリンピック   

中継をちっとも見ていない。
ニュースでだれが勝ったかを知るくらいで、
ちゃんと見ていない。
基本的に五輪に興味がないのだろう。
第一、選手の名前を全然しらない。

こういうにぎやかなときに、
国の秘密機関が、なにかオカシナコトを進めている!
という妄想がある。
だけどそれを調べるにも、やり方がわからない。
いったいおれは何をしているのか。

開幕式はちょっと見たんだ。
ポール・マッカートニーが歌っていた。
機材トラブルで別の(保険用の?)音源が流れた。
だけどポールはしっかり歌っていたなあ。
”ヘイ・ジュード”

ジュードといえば、
柔道の女性選手が金メダルを取った。
と、スポーツ新聞に書いてある。
妖精がみえるひとらしい。これはいいな。
司馬遼太郎の『街道を行く 愛蘭土紀行』に、
”Leprechaun crossing”の話が出てくる。
「妖精の通り道」の道路標識。
ロンドンで妖精はどうなのか、まではしらない。
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お盆前ということで、仕事が立て込んでいる。
6日と7日に原稿の〆切を抱えている。
またテレビを見ることができんなあ。
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by kazeyashiki | 2012-07-31 15:00 | 素描 | Comments(0)

歩く日々。   

このところ、よく歩いている。
靴のせいだ。
新しい靴を買ったのだ。
安物である。
しかし、安物でも新しいうちは履き心地がいい。
だから歩けるのだ。

過日、桃山台駅と豊中駅の中間地点にある母の家から、
とりあえず緑地公園まで歩いてみようと考えた。
服部緑地公園の野外音楽堂はおなじみだが、
そのほかの区域を知らないから散策してみようと。

歩いていると興に乗るというのか、
歩くことが楽しくなってくる。
もっと早く行きたければ”走る”という選択になるのだろうな。
だがおれは”歩く”がいい。

緑地公園から江坂、東三国、新大阪まで来た。
どうせなら淀川の橋、新御堂に並行する橋を渡りたくなる。
天気もよかったし、風が適度に吹いていて気持ちいい。

結局、中津から中崎町へ、天神橋商店街を突き抜け、
天神橋を渡って自宅まで歩いてしまった。

過日、近江八幡で仕事が終わり、まだ日が高かった。
隣駅が「あづち」である。
数年前に安土城址に仕事で来たことがあって、
そのときはある作家のお供だったので気まぐれ散策ができなかった。
そこで自分なりに歩いてみたいと思っていたその機会だと考えた。

安土駅前にはレンタルサイクルショップが2軒ある。
だが、地図でみると安土城址まで2キロもない。
これなら歩くに限る。駅から田んぼ道を歩き出した。

風がなんと気持ちいいことか。蛙が鳴いて音環境もいい。
入山料を支払って安土城址の石段を登り出す。
幅広の石段であることよ。
きっと信長はここを馬で駆け上ったにちがいない、
と妄想しながら、汗を拭い、登ったのだ。

人とは何人か出会ったが、
頂上の天守台跡まで行くと、だれもいなかった。
200メートルに満たない小山だけれど、
しっかり登った感があった。
そういう山を信長公は選んだのだ。

石段を登りながら考えていたのは、むかしの出来事だ。
まだ城があった頃、信長が京かどこかにでかけていて、
翌日夕刻まで帰らないという日、
城詰めの女官たちがこのときとばかりに城を下り、
どこかで骨休めをし、羽目を外し、享楽に浸していたら、
いきなり信長公が帰城されるぞという声。
慌てて安土城に戻ったものの、信長は一足先に到着していて、
城内を、怒髪天を衝く形相で歩き回っている。
侘びたものの、遊んだ女たちは全員処罰されたという。

女たちが駆け上った石段がこの石段かどうかは分からぬ。
しかし”駈け上がった”という事実はあったことだろう。
覚悟していた者もいたにちがいない。
覚悟していなかった者もいたはずだ。
だが、女たちはみな急いでいたことだけは確かなこと。

石段を踏みしめながらそんなことを考えていた。

頂上から見た近江の風景は霞んでいた。
水を飲み、煙草を喫って、風に身体を晒して、じっとした。
鳥の声と木々のざわめき、だけ。

帰路に遭遇する三重塔。
その横の台地からは西の湖が見渡せた。
きっとこのあたりで信長は鷹狩りなんぞをしていただろう。
共有する感覚など微塵もないこの猛禽類を、
信長はもっとも信頼していたのかもしれない。
かたわらの三重塔も眼下の仁王門も、
甲賀の里から強奪するように移築させたのは、
信仰心ではなく、彼なりのバランスであったのではないか。
「調和だ、調和。それ以外に何もありはせぬ」
正対ではなく、斜め目線で信長はいいそうだ。

歩いていると微細が見える。
それが見えると細かいことを考える力が立ち上がってくる。
そういう時間が自分には必要なのだと気づかされる”歩く時間”である。
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by kazeyashiki | 2012-06-28 23:00 | 素描 | Comments(0)

仕事はじめ   

ひとりでする仕事、ものを書くことは別件だとすれば、
実質今日が仕事はじめ。
ジャケットを着て打合せに出かけましたさ。

年始の挨拶もそこそこに、すぐにシナリオの訂正打合せ。
やはり、振り子のようにこちらが直した部分が元に戻っている。
こだわる思いは貫徹されているということか。
だけど絵がないのには困ったものだ。
構成作家は、書くには書ける。
だけど映像が明確にあるかどうかまでは難しい。
なんと無責任なことか。
映像(絵)があってのナレーションである筈なのに、
SPにはどうしてもこうした語り先行という無理が伴う。
それを越えてのプロなんだけれど。

平面媒体にものを書く場合だとその出典が重要である。
だが、これはさほど難しい問題ではない。調査すればつまびらかになる。
もちろんそこには文体の妙という研磨の技が必要であったりするのだが。

さいきん、短い物語を空想のなかで作っていることがある。
そろそろ表に出す時期だろうと思う。
仕事をしはじめて気がつくこうしたこと。これも一種の逃避行動だろうな。
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by kazeyashiki | 2012-01-05 23:59 | 素描 | Comments(0)

墓のうらに廻る   

元旦三日目は、朝から墓参へ。
しばらく来ていなかったので、もやもやしていた。
地下鉄で数駅のところにあるのだから……が、なかなか行けない。

谷町線、初詣なのか、四天王寺前夕陽丘駅で降車する人が多い。
聖徳太子が推古元年(593)に建立した寺院だと伝えられている。
1400年以上前である。
しかも建立したのが金剛組という大工集団で、
この集団は今も会社として営業している(高松建設の子会社だが)。
創業は578年で、世界最古の企業なんだとか。えらいもんです。

おれが向かうのはここではなく、阿倍野駅まで行く。
ここに墓地、阿倍野斎場=大阪市営南霊園がある。
明治7年(1874)に造られた墓所で、
もともと千日前にあった刑場や墓地が移築されたという。
墓地内を歩くと、明治時代に建てられた墓がいくつもある。
日清日露の戦没者の大きな墓石が聳え建っていたりする。

お墓を見て歩く楽しみ、なんていうとおかしな趣味だと思われるが、
そういう楽しみもあるだろう。
有名人の墓所を訪ね歩く本なんてのもあります。
そういえば、雑司ヶ谷に暮らす井上理津子さんに、
かの地にある墓地を案内されたことがある。
ここの墓地には多くの文人が眠っていることで有名で、
夏目漱石、泉鏡花、永井荷風の墓石を見せていただいた。
いずれも個性的な墓でした。
(文人や著名人の墓石については、また改めて書きたい)

花を買い求めてわが家伝来の、といっても昭和14年建立の墓に行くと、
すでにどなたかが参られた後で、花が飾られていた。
おそらく今日ではなく、昨日か一昨日、つまり元日か2日に来られたようだ。
持ってきた花を飾ると、墓石の前は花であふれ返った。
雑草を抜き、水をかけ、蝋燭を灯し、線香を立て、ご挨拶をする。

蝋燭が燃え尽きるまで居よう、というのはいつもの習慣だ。
蝋燭と線香は、ほぼ同じ時間で尽きる。15分くらいだろうか。
周辺の墓も、新年になって参られている。花が生きている。
すぐ近在のキリスト者の墓所に、縁者の方々が来られていて、
お墓の前でお話をされている。笑い声も聞こえてくる。

ふと、「墓のうらに廻る」という尾崎放哉の句を思い出す。
この句からはさまざまな解釈があるだろうな、と思う。
墓のうら、というのは、葬られた人の裏側でもある。
つまりそこから死の世界への道がつづいている、と解釈できる。
放哉は、墓の前に立っていて、死を意識したのかもしれない。
到来するみずからの死。その予感。
「うらに廻る」には、意志、意思を感じる。
これが作句された季節を知らないが、
空は青く、晴れていて、鳥の声が聞こえてくる。
何羽かの蝶が飛びまわっているようにも思える。
そうしたなかに放哉は立っていて、ふと、墓のうらに廻ろうとする。
雨の中というシチュエーションも考えられないわけではない。
雨中、墓石の前に立ち尽くしている。
しかしそのとき、「墓のうらに廻る」と感じるかどうか……。
「雨中、墓の前に立つてゐる」だけで、いいようにも思う。

空は薄い青色で、冷たい風が吹いていた。
おれは墓参りに来たとき、かならず「墓のうら」を廻ります。
それは単に、雑草を引き抜くためである。
こんな季節なのに、墓の裏の小さな影地に草が生えている。
そのままにしてもよかったのだが、やはり抜いた。

帰路、阿倍野筋まで来ると、阪堺線の路面電車が走っていた。
車内は満員だった。
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by kazeyashiki | 2012-01-03 23:59 | 素描 | Comments(0)

ある冬の日   

うす曇りの冬の日
よわよわしい光がこの惑星の地表をてらしているが
少女がこまったときにするような表情で
光がひろがったりしぼんだりする
空のどこかに青がないかと無心する
目にはいってくる色彩
あきらめたように風にゆられる黄葉たち
常緑であることに何のうたがいも持たない木々
かたちのない雲が一面に張りついている
乳色や樺色とどこかで耳にした色のなまえをおもいだす
歩きながら
駆けていくひとどこかへ急ぐひと
たれも立ち止まって風景をながめてはいない
こんなさむい午後だから
風もつめたいし
太陽が顔をのぞかせることもないようだし
ベンチにだってひとりもすわらない
そんな冬の日だから
”木の葉は枯れて空はなまり色
そんな日に散歩なんて”
という歌を口ずさんでみる
だけどどこか暖かな土地を夢見ることはない
それより一杯の珈琲がほしい
カフェではなく
湯気たちのぼるカップの熱い珈琲
さえあればそれでいい
寒風にさからって飛ぶ鳥たちを見上げながら
ゆっくりのみたい
鳥たちの小さなその眸はきっと
わたしが手にしたカップの湯気を見るだろう
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by kazeyashiki | 2011-12-24 11:00 | 素描 | Comments(0)