カテゴリ:京都( 21 )   

京歩き晩秋篇   


二条駅を起点に千本通を上る。

丸太町通交差点に太極殿跡の碑がある。

中立売界隈はかつて西陣興隆期、西陣京極なる繁華街歓楽街だった。
芝居小屋や映画館、居酒屋、スナックがひしめいていた。
その残像が今も幽かに残っている。

すっぽん料理の名店は今も営業中だ。

千本今出川角近くのレトロな喫茶店は祝日ともあって満員御礼。

師走の風物詩「大根だき」の千本釈迦堂は、
12月7~8日の本番前の下準備にいそがしい。

五辻通を西へ。京都最古の花街上七軒の石畳には大勢の観光客。
仏蘭西料理店「萬春」はすでになく、新しい店が軒を連ねている。

やきもちの天神堂で買い食い。

天神さんに足を踏み入れたら、
境内一面に参詣者が広がっていて歩くもままならぬ。
様々な言語が飛び交っていた。

千本通から寺之内通へ。

先日撮影に訪れた折に買い求めた「ととや」のちりめん山椒があまりに美味だったから、
また買い足しに。
美貌の女将と話し込む。聞けば、若い頃に上七軒の芸妓だったという。
古写真を見せて頂く。
それをスマホで撮影。
美人である。
彼女手作りのちりめん山椒は、炊きたてご飯に合う。

土産をザックに詰めているだけで嬉しい。

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by kazeyashiki | 2017-11-23 20:55 | 京都 | Comments(0)

夏越の祓   

大阪にもう長く住んでいるが、6月30日は水無月を食べないとイカンという気になり京都へ。水無月とは、白ういろうの上に甘い小豆を載せた三角の和菓子である。夏越の祓、年の残り半分の無病息災を願うために食べる古都の風習である。


初めて食べたのは下京の親類宅で、自分はまだ小学生だった。ういろうは何度か口にしていたが、小豆が載ったものは初めてで、しかも病気にならないおまじないが食べることに含まれていると大人たちから言われたことで、なにか仏教的な(親類宅は熱心な真宗だった)印象がガキながらあった。


18歳から京都に住み始めて放埓な生活をしていたから、この風習に遭遇することはなかったが、何度か転居して地域との付き合いができるようになると、近所の人がお裾分けしてくれて、水無月に再会した。


この季節の食文化がいつから京都にあるのか知らないが、三角形に切るのは氷のかたちに似せたからだと聞いた。夏の暑さが本格化するこの時季、氷室から氷を切り出し口にするという宮中の行事が由来らしい。氷は庶民には手に入らない高価なものだったから、ういろうで代用したということなんだろう。


京都で氷室といえば、京見峠の先に地名がある。あそこから氷を切り出して御所まで運んだのだろうか。あるいはほかにも氷室はあるのだろう。高槻市に住んでいた地名も氷室だった。西国街道の巡礼橋の近く、継体天皇陵の近くののんびりとした地域だった。


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by kazeyashiki | 2017-07-01 19:43 | 京都 | Comments(2)

ZUMA   

1977年の夏の終わり、
一乗寺の狭くて暑い下宿屋で繰り返し聴いていたのがこのニール・ヤングのZUMAだ。

ぼくはその夏のはじめからずっと、
金沢の辰巳という犀川の上流にある元ミシン工場で舞踏公演の手伝いをしていた。

舞台のことなど何も知らないのに,
一ヶ月間そこに居候できたのは公演主宰者のY氏の度量だった。

3日間の公演が終わり、
京都行の普通列車に乗りながらぼくは何をして遊ぼうかと考えていた。

だが、面白そうな遊びは浮かばなかった。

狭い部屋に閉じこもって二ール・ヤングばかり聴いていた。

すこし秋めいてきたとき部屋を飛び出した。

ZUMAとはその夏に別れたっきりだった。

で、昨日ひょっこり目の前に現れた。

曲も曲順も自分でも驚くほどよく憶えている。

弾き間違えもなんのそののアルバムだ。

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by kazeyashiki | 2017-03-25 22:13 | 京都 | Comments(0)

昔人語りき   

京都は町の辻々に地蔵さんが沢山あるが、見てゐると子供達が前を通り過ぐる度にペコリと頭を下げてゆく。観光で名所旧蹟を訪ぬるも好いが、路の縁に佇みて微細に動く影絵芝居のやうな情景を眺むるのも旅の醍醐味ではあるまいか。
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by kazeyashiki | 2017-03-07 07:10 | 京都 | Comments(0)

節分祭   

今年初めて書く日録です。
サボり気味ですな。

2月2日の日曜日、京都吉田神社の節分祭に出かけて来ました。
大賑わいの参道、屋台を覗いたりしながら歩くだけ、
厄除け祈願や、くちなし色の御神札を求めるわけでもない、
不信心な参拝者であります。

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学生時代、何度か訪れました。
たいがい雪が舞う中だったと記憶していて、
「節分祭=寒い」という定理が刷り込まれているのですが、
今年は暖かいなんてものじゃなく、セーター&コートが暑い。
これじゃ「関東煮」も売れないだろうなあ。

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鳥居の下で劇団の田島君と待ち合わせ、
おっさん二人で大元宮までそぞろ歩き。
そして坂の途中にありました。
京都松井酒造の「富士千歳」の「しぼりたて」と「にごり酒」。
田島君は2つのコップを持って歩くのが定番らしいけど、
私はとりあえず「にごり酒」だけを購入。四百円。

それを持って坂道をのぼり、傍らの井戸端でゲソを肴に呑む。
冷たいにごりがことのほか旨い。

すると田島君が、
ちょうど正面に出店している種やドライフルーツを商う男を示し、
「あの兄ちゃんに以前捕まったんですわ」という。
やたらと試食を進められ、気がつけば結構な量を買っていたという。
「うまいんですわ、あの兄ちゃん。芸ですわ。芸で買うてしまう」
見ていると、兄ちゃんはお客が立ち止まっていてもすぐに声を掛けない。
だけど本能なのか、「この客は」という人には”飛びかかる”。
そしてあれこれ話しかけて懐の中に入り、遂に買わせてしまう。
なるほど、これは一芸である。
その様子を眺めながら酒を呑むのはなかなか楽しかった。

帰路、聖護院八ッ橋の出店前を通りかかると、
以前、京都放送の番組に出演してもらった美貌のK子さんに出くわした。
節分祭の時はずっと店にいるとインタビューで言っておられたので、
出くわしたというのは正確ではないですね。
お茶と和菓子をご馳走になるが、
和菓子は彼女が丁寧に包んでお土産にしてくれた。

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吉田神社では都合三合の日本酒を呑んだのでほろ酔い気分である。
そのまま三条小橋の知り合いの店まで歩く。鴨川河川敷は春景色である。

そうだ。
久しぶりに西部講堂へも足を運んだ。
周囲は変わっているけど、西部だけは昔のままだった。

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by kazeyashiki | 2014-02-04 14:04 | 京都 | Comments(0)

ウォーラスLive   

昨晩7月10日木曜日、京都錦小路にあるIRISH PUB"field"で、
ヒノヒデキ、表現太郎、岡部亘のtrio、ウォーラスのLiveに出かけた。
Acoustic Versionの楽曲で、
ヒノヒデキ独特の転調や移調をくりかえす複雑系構成の音楽は、
だんだんと気持ちが良くなってくる不思議な効果がある。
ChorusはBEATLES風でチャーミング、
だけど時折、National Health風のimprovisationが浮かんできて、
おれはそのあたりが好きだな。
劇中歌「アリさんのサーカス団」も演ってくれて、興奮した。

6.15の高揚を鎮めるためにはLiveがいちばん効果的なのかもしれない。

〈動画〉
http://www.youtube.com/watch?v=KJfFCrvyr0g

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by kazeyashiki | 2013-07-12 17:07 | 京都 | Comments(0)

銀昆式が終わって……   

「銀昆式Happy降霊会」が終わって10日以上経った。
みんなそれぞれの日常に還り、すでにそこで生きている。
イベントはすでに遠い霞の向こうの世界に去ってしまったような気がする。

おれは音響のオペを担当していたが、
一度だけステージに上がった。お客さんへのお礼を言うためと、黙祷のためだ。
そこで話したい内容はたくさんあったのだが、そして下書きもしたのだが、
大半を削除してしまった。
あまり長々と、しかも紙を見ながら喋るのは無粋なことでもあるしね。

そこで清書していた文章をここに採録しておく。
これをもって、すべてのことが終わったと感じている
(打ち上げは残っているけど)。



本日は大勢の皆様にお集まり頂き、誠にありがとうございます。
今回のこの「銀昆式・HAPPY降霊会」は、
ここ何年かの間に、天界へ還っていってしまった我々の仲間、
島田誠彦、亜巳婆、苫谷典子を想い、語り、
一緒に楽しむために企画されたものです。

彼らのことを思うたびに、
何か記憶のなかに置くことの出来るイベントをやりたい、
たまたま残された我々にとって3人の姿を留めておくことをやりたい、
そんなことをここしばらく考えていました。

歴史を振り返っても、それぞれ皆さんの家族や先祖を考えても、
生死というものを明確に区分するということは、
さほど重要なことではないと思います。
多くの死を受け入れつつ私たちはこの世に生きている。
そして文句を言ったり、喜んだり、歌ったり、怒ったりしている。
天へ還って行った者たちを、私たちは心の中に住まわせている。
そして彼らと共に生きているという自覚がどこかにあるものです。
ただ残念なのは、実際に、もう会えないということであり、
言葉や表情、仕草や笑い声を聞くことができない点です。
それが口惜しく、残念であります。

今日の会場、「ふじセンター」と呼ばれているのですが、
たまたま劇団の音楽を担当していた山崎君がここを丸ごと借りて、
田島がここは劇場だと発見し、絵所さんがそれを支え、
呼びかけたところ、多くの古い仲間が集まってきたということです。
そしてそれは、
この3人の導き、後押しによって実現したのだと感じています。
そうした意味で、彼ら3人に黙祷を捧げたいと思います。

黙祷……。

ありがとうございました。
「縁がある」と昔の人たちからそんな言葉を聞かされてきました。
まさにその通りですね。
付け加えるなら、縁に根ざしたお調子乗りの精神、目立とう精神、
私を見てみて精神というものが、集まった仲間の中にあったからです。
これを「花」と呼んでいいなら、皆様方の前に立つ者たちは「花」です。
どうぞ見てやってください。愛でてやってください。
「花」にはそれがいちばん嬉しいことなんですね。

さて、次は音楽会が始まります。
その間、有料ではございますが、
ビールや食べるものをご用意させてもらっています。
売上げは、今後の「ふじセンター」の活動資金として使わせて頂きますので、
どうか皆さん、じゃんじゃんと飲み食いして頂きたく存じます。
とはいえ、このあたりは閑静な住宅街。
近隣の皆様にご迷惑のかからない程度に盛り上がって頂ければと思います。
では、第二部音楽会までご歓談ください。ありがとうございます。



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by kazeyashiki | 2013-06-26 14:25 | 京都 | Comments(0)

麩のふかみ   

京の五条の半兵衛麩で、麩料理をいただく。
焼麩、生麩が調理され、奥行きのある味の饗宴である。
こんなに麩にふかみがあるとは……。

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by kazeyashiki | 2013-04-25 17:31 | 京都 | Comments(0)

檜皮   

先日、下鴨神社で撮影した折、
修復中の神服殿の工事を見学させてもらった。
この建物は檜皮葺きの屋根。
檜皮(ひわだ)というのはその名の通りヒノキの皮であるが、
屋根を葺く檜皮は、たいへん貴重なものであると知った。

まず、100年以上の樹齢のヒノキがあり、
切り倒さずに、その皮を剥ぐ。
その檜皮をそのまま使うのかといえばそうではない。
長い年月の間に育ったヒノキの樹皮には油分が多く、
これを屋根に葺くことはできないそうだ。

そこで、一旦剥いだヒノキはそのまま10年間育てる。
その間に新しい檜皮が育つ。
それには油分が少なく、これを屋根葺きに使うというのだ。

つまり、10年後に育つ檜皮を待っているのだ。

そして10年後に新しく育った檜皮を剥いで、
ようやく屋根葺きに使えるものになる。
下鴨神社の神服殿の屋根に使うヒノキは約35000本だという。

檜皮葺きの屋根を持つ建物は神社が多い。
出雲、厳島、住吉、北野天満宮や八坂などで、
下鴨と上賀茂も同じくである。
寺院では、清水寺や善光寺、知恩院などがあてはまる。
珍しい例では、
猫の駅長で有名な和歌山電鉄貴志川線「貴志駅」がこの工法だ。
猫を造形した駅舎ですね。

檜皮葺きの屋根というのは、日本独自の屋根工法だそうだ。
ヒノキを切り倒すことなく、皮だけを剥ぐのは環境保護になるというが、
皮を剥ぐ職人である原皮師(もとかわし)の減少など、
継承が難しくなって来ているという現実もある。
ヒノキの花粉でくしゃみが止まらない人もいるが、
温泉地などでヒノキ製の湯船に入ったときの柔らかな感覚は何ともいえない。

ヒノキの名前由来は、すぐに火がつくから「火の木」という説や、
神聖なる木「霊の木」、太陽の木である「日の木」など諸説ある。
おれは、自分の名前に「ヒ」の字が入っているので、
「ひ」という言葉に思い入れるところがある。
かなり身勝手な思い入れであるが。

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by kazeyashiki | 2013-04-19 11:42 | 京都 | Comments(0)

春京都   

今週はいそがしかった。
週明けから連続で京都で撮影をしておりました。
下鴨神社(糺の森)、府立植物園、フランス料理店、麩店と、
訪ねた数は少なかったけれど、神社も植物園も広いのですね。

糺の森を初めて訪れたのは1976年だったか1977年だったかで、
紅テント=状況劇場の芝居を観に行ったのだった。
「下町ホフマン」か「蛇姫様」である。
記憶があまりないのは陶酔していたからだろうか。
あるいは満員のテント内、酸欠気味だったのかもしれない。
1978年の「ユニコン物語」は明確に憶えている。
開演前、神社の前にある喫茶店に入ると出演者の常田富士男さんがいた。

糺の森は元々広大な敷地であったそうで、
現在の北山通り、松ヶ崎の山裾までが下鴨神社の境内だった。
そこはひとつの村でもあったようで、
今でも北山界隈には下鴨神社関連の地名が残っている。
平安京遷都前から祠があるという古神社。
森のなかを歩くと古代の音がします。
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その境内だった府立植物園。
ここには、隣接する総合資料館に来た帰り道によく立ち寄った。
スタッフによって十二分に整備された植物園で、散歩にはいい。
あいにくの天気。晴れていたら気持ちがいいです。
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椿の花がさかりで、
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「おかめ」という桜もけなげに咲いている。
この桜は、英国人が命名者だという。
桜の苗を母国に持ち帰り、ふたたび来日して植えたところ、
こういう変種になったのだとか。
「おかめ」という名前を教えた日本人がいるはずだが、
どうなんだろうね、この名前。
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そしてこれは「桂」の木。
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まだ裸のままだが、やがてきれいな葉を付け出す。
桂は葵祭に欠かせない木である。
「葵」と「桂」の葉を合わせた髪飾りを「葵桂:きっけい」と呼び、
葵=女性、桂=男性を表現している。
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園内で見つけたアンズの花。
いつか長野千曲にある「あんずの里」を撮影したことがあり、
杏の花が満開だった。
実は初夏に収穫されるそうで、このときは干し杏を食べた。
甘くてうまい。
あんずエールというのも販売されていて、仕事中なのに飲んだ。
かなり甘かったなー。
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植物園のスタッフが「これは珍しいんですよ」と教えてくれたのが、
「ウォレマイ・パイン」というナンヨウスギの新種。
太古から生存していて、ジュラシック・ツリーとも呼ばれているそうだ。
1994年にオーストラリアで発見されたという。
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松ヶ崎にあるフランス料理店「ル・プティ・プランス」。
ゲストの癒しの場ということで取材する。
おれと同年配の夫婦が20年以上前からやっている店で、
クラッシックなフランス料理を出す店として評判がいい。
一度食べに行きたい。決して高くないのに好感を抱く。
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次回放送分の下見で、川端五条の麩店を訪ねる。
元禄創業の老舗で、麩だけを作り続けて来た。
この五条界隈はかつて魚市場などもあり、
多くの商店が軒を連ねていた庶民的な町である。
大坂からの物資を載せた舟が鴨川をのぼってやって来る。
瀬戸内の鱧などもここで積み下ろされたのだろう。
鱧は生命力があるから、京都まで運んできても暴れていたという。
現在の五条界隈にかつての賑わいはないが、
歩いてみると風情のある町並みが続いていてなかなかいい。
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そんなこんなで、京都に住んだ方がいいような毎日だった。
引っ越そうかな。
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by kazeyashiki | 2013-03-29 14:19 | 京都 | Comments(0)