カテゴリ:芸能文化( 19 )   

嘉穂劇場   

仕事で飯塚に出かけた。

この町は、かつて物凄いエネルギーを放出する町だった。
今もその残滓が路地の片隅や闇が溜まる場所に残っていて、
夜になると微かな妖しい光芒をみせる。
真夜中に耳を澄ませば、
汗と炭と酒精に塗れた怒気と浪漫の息遣いが聴こえる気がする。

そんな町に嘉穂劇場がある。
前身は、大正10年に大阪の中座を模して建てられた劇場だったが、
焼失、台風倒壊などで、現在の木造二階建ては昭和6年築である。

大衆演劇や浪曲からロックコンサートまで開かれるというが、
もともと飯塚の炭坑労働者とその家族のための劇場ゆえに、
ここを訪れるだけでもひと仕事だ。
しかしだからこそいいのだ、と思う。
維持管理はたいへんだとは思うけれど……。

いろいろと話には聞いていたが、今回初めての訪問だった。
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↑舞台下、観客席真下に通る廊下

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↑廻り舞台下の奈落。

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↑舞台上手袖の小道具室

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by kazeyashiki | 2014-08-20 14:08 | 芸能文化 | Comments(0)

秋うた     

 しばらく休眠状態だったものを動かすときは丁寧さが必要だ。
長らく自転車に乗っていなくてもサドルの跨るとすぐに走り出せるが、
どこかおぼつかなさを、身体は、骨格は、感じているもの。
それと似て、音楽という魔法の世界も再起動させると戸惑いが溢れる。
久々に西天満一座なる昭和歌謡ブルースバンドが起き上がります。

 拠点となったBarアフターアワーズが西天満から神山町へ移転したので、
バンド名も変えて、神山社中というどこかの神社のような名になりました。
だけど神社のような晴朗さ神聖さの欠片は微塵もなく、
白髪頭の中年親父が居並んで歌うという、視覚的に優れない有様です。
本来ならサックス奏者の金ちゃんも…なのだが、石垣島は遠すぎる。残念。

 11月30日土曜日17:00開場のAFTER HOURS SHOWの末席に、
神山社中が参加させて頂きます。場所は「do with cafe」という、
大阪市北区兎我野町9-23じゅらくビルB1にある素敵なお店。
主役にお邪魔のないよう、少しだけ人様の前に立ちます。
前売り2000円で1ドリンク付で、
東日本震災支援たきびカレープロジェクト活動の一環でもあります。
http://takibi0311.com/index.html


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 お時間の余裕ありし方はぜひともお越しの程を。
自分自身、なかなか知り合いのイベント等々に行けないことが多くて、
不義理してしまうことの微かな痛みを知っている。
それでも別の用事がある、というのが人生なんだろう。
こういうことっておそらく星の巡り合わせみたいなものなんだろうね。

 神山社中の再起動。さて、いかなるものとなりますやら……。
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by kazeyashiki | 2013-11-16 12:21 | 芸能文化 | Comments(0)

銀昆式の写真   

当日の写真を三辺治郎氏がたくさん撮影してくれた。
そのごく一部を掲載させていただきます。
また、日が変われば違う写真も上げさせてもらおう。


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by kazeyashiki | 2013-07-05 16:39 | 芸能文化 | Comments(0)

銀昆式Happy降霊会無事終了!   

時間を掛けて作ってきた舞台と芝居、そして全体が結実した日。
2013年6月15日午後3時に始まった
「銀昆式Happy降霊会」は無事に終了致しました。
ふじセンターという廃墟のスーパーマーケットに山崎秀記が引き寄せられ、
田島邦丸が「ここは劇場だ」と発見し、絵所良和が照明等々をサポートし、
そしてそこに役者、音楽家が集まって来て、すばらしいイベントを作り上げた。
詳細はまだ書けない。全身がまだ興奮状態にあって、冷静になれない。
写真だけアップしておこう。
しかもリハとオペ席からの小さな、写りの悪いものばかりだ。
ちゃんとした写真家が写してくれたものもある。700枚にも及ぶ厖大な写真だ。
1枚ずつ見ていく楽しみがある。
いずれにしても、
ちょっとはしゃぎすぎて夜更けに警官に注意されるということはあったものの、
近隣の方々に大きな迷惑をかけなかったと思っているのだが……。

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by kazeyashiki | 2013-06-17 13:15 | 芸能文化 | Comments(0)

銀昆式   

いよいよ1週間を切った。
これまで朗読劇の稽古を重ね、ほぼ完成形が見えてきた。
台本を持っての芝居だが、なかなかいい。
30年前だから26歳の時に書いた戯曲で、
狭い、小さな世界を舞台にしている。
若書きなんてものじゃなく、めちゃ恥ずかしい。
だが今回、かなり改稿した。
時代設定は、本稿は1983年だったが、
今回は現在、2013年にしてみた。
果たしてこういう人物達が今の世の中にいるのかどうか、
それは分からない。
しかし通じる部分があると思っている。
男と女の光と闇……それにしてもやはり恥ずかしい。
過去の自分を見ている。
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音楽会は劇中歌が4曲と、山崎秀記のバンド演奏。
ゲストで金子鉄心さんが加わってくれるのが嬉しい。
氏はわが銀色昆虫館のベスト観客だった。
何度も見に来てくれた。
「たかじんのミュージックランド」という番組で知り合い、
それからの付き合いだから、長い。

そして現在も鋭意編集中の吉田栄華監督の映像作品。
まだ仮編集も全然見ていない。

そうしたことで、今日日曜日は仕事をいろいろ片付けている。
前々日から泊まり込む。
やはり劇場というか、今回の会場に寝泊まりしなければ気が済まない。
船岡山公園や西部講堂のときもそうだったが、
そこにいないと居心地が悪いというのは変わった習性だと思う。
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by kazeyashiki | 2013-06-09 13:02 | 芸能文化 | Comments(0)

井関録之助   

テレビシリーズ「鬼平犯科帳」には、
同心や密偵、そして盗賊とさまざまな人物が登場するが、
長谷川平蔵が若い頃に通っていた高杉銀平道場の仲間として、
岸井左馬之助とこの井関録之助がときおり物語に登場する。
いずれも剣の達人である。
岸井左馬之助の役は、第4シリーズまで江守徹が演じていたが、
どうも平蔵役の中村吉右衛門との折り合いが悪かったのだろうか、
その後、竜雷太に変わっている。
だが、井関録之助の役はずっと同じ役者がつとめた。
夏八木勲さんである。

この井関録之助という人物、
かつて三十俵二人扶持身分の御家人の家に生まれたが、
父親が放蕩した挙げ句、吉原遊女と心中を図ったことから家名断絶、
録之助は大坂へ逃げ、町道場を開くも門人が集まらず、
乞食坊主に落ちぶれ果てるが、根っからの暢気さもあって、
托鉢しながら江戸に戻って、平蔵の手助けなどをするという役どころ。
いつも平蔵に酒を呑ませてもらっては喜んでいるという人物である。
この役を夏八木勲は実にうまく演じていた。
「本門寺暮雪」や「鬼火」などで夏八木録之助の姿を見ることができる。

夏八木さんは実に多くの映画やTVドラマに出演したが、
時代劇では「鬼平犯科帳」の井関録之助役が印象に強く残っている。
とても残念でならない。

合掌
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by kazeyashiki | 2013-05-22 01:11 | 芸能文化 | Comments(0)

戯曲   

初夏に小さな催し物をする。
そのために昔に書いた芝居の台本に手を入れていた。
以前にも書いたことだが、
26歳、今から30年も前に書いた一幕劇である。
若くて未熟で赤面を禁じ得ない内容だ。
手直しは、相当苦心した。
30年の歳月は、雲母のようにおれに経験と知恵と、
もったいぶりと、したり顔の層を付着させた。
だがその幾重もの層が本物かどうかは分からない。
狡猾さや欺瞞などを上塗りしただけかもしれない。
そして古い物語を手直しするという作業は、
そうした虚実の皮膜をスコップで剥がしていく作業でもあった。

もとよりおれは役者と同行しながら芝居を書いてきた。
共有する時間のなかで役者の言葉を聞き、
日々の機嫌、生理、嗜好性などに感応しながら執筆した。
したがって、籠もって戯曲を書いたことなど一度もなかった。
だが今回は役者との交通路はほぼ遮断された状態だった。
これが苦痛の要因だった。

一度書いたものに手を入れるというだけのことだけど、
やはりあきらかにおかしな部分や辻褄が合わないところ、
どうしても訂正したい部分などが出現する。
最初は小さなほころびを縫い直す程度からはじめたのだが、
僅かな紡ぎが全体に響いてきて、フォルムが変わってくる。
するといくつも手を入れたくなる。
物語の通奏低音だけは変化させないでいようとしていたが、
表面の様相が変われば、おのずと低音部にも波及する。
登場人物は同じだが、仕上がったものはかなり変貌した。

いま、仕上がったものと書いたが、実はまだまだ未完成である。
まず、読み稽古の段階で手を入れる。それは一度ではない。
上演ぎりまで改稿作業はつづく。
そして実際に演じられるときにはじめて台本は完成を見るのだ。
だから現時点では、まだ戯曲はできあがってはいない。

役者の顔が見えないことの苦悶を漏らすと、
3人の者たちから写真が送られてきた。
「顔ですよー」
おれたちはそういう時代に生きているということである。
役者たちのその身軽さに気持ちが弾んだ。

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by kazeyashiki | 2013-04-09 01:19 | 芸能文化 | Comments(0)

「花ざかりの森」   

「花ざかりの森」という唄がある。
1990年秋に上演した『神隠しの小径』という芝居の劇中歌で、
アートシアター新宿と扇町ミュージアムスクエアで公演した。
すでに両劇場とも、今はない。
「花ざかりの森」というタイトルが示すように、
三島由紀夫の小説の題名そのままである。
芝居の内容も三島作品から影響されたものではあるが、
決してうまく書けた戯曲ではないと思う。
評判もあまりよろしくなかった。
だが、劇中で歌われたこの唄をはじめ、
「仮面の告白」や「ファジーの唄」などはとても良くて、
これらは劇団を手伝ってくれていた山崎秀記君の才能だった。
だがこの唄、歌詞が一番しかない短い唄だった。
もったいないのでつづきの歌詞をこのたび書き足してみた。
最初に書いた歌詞はあまりに暗くて懺悔的で、
山崎君によって却下された。おれも同感だった。
思考のベクトルがずいぶん暗い方向に向いていた。
そこで次に書いたのが、下記の歌詞だ。
さてこの唄を6月に歌えるだろうか。みんなで歌いたいのだが。
ところで『神隠しの小径』という芝居の本来のタイトルは、
『神隠しの小径を行けば、花ざかりの森があって、そこに平岡先生がいた。』
という長いものだ。平岡先生とは、三島さんの本名。
ずいぶん失礼なことを平気でしてしまったものだと今は思う。


花ざかりの森
 
花ざかりの森には いつも妖気が立ちこめて
花ざかりの森には とてもなつかしい人がいる
戻れるならば戻りたい 二度と還れぬあの世界
聞くも涙 語るも涙の 十四歳の純情詩集
 
神隠しの径には いつもそよ風吹き抜けて
神隠しの径には 後ろ姿のあの人が……
交わせるものなら交わしたい いつか夢見たあの世界
寄せては返し 返せば寄せる 少年少女の夏の友 
 
  (セリフ)
   私を花ざかりの森へ帰してください。
   私はもう長い間、ここにいます。
   もうあなたは満足したでしょう?
   これ以上私を引き留めておくこともないはずです。
 
花ざかりの森には いつも光が差し込んで
花ざかりの森には 輝き放つ道がある
話せるならば話したい 言えずじまいのあの言葉
届かぬ思い 尽きせぬ想い さみしがりやの夢語り
 
胸さわぎの夜には 空がみごとに澄み渡り 
胸さわぎの夜には 星がいくつも降りそそぐ
愛せるならば愛したい 愛の意味など分からずに
いつか逢える かならず逢える おんなじ匂いのあの人に

  (セリフ)
   私はあの花ざかりの森へ帰り、なつかしい人達に逢います。
   私の前に一本の光り輝く道が伸びていて、
   足を踏み入れた途端、私の新しい物語が始まります。
   新たに始まった物語には終わりがありません。
 
花ざかりの森には やはり妖気が立ちこめて
花ざかりの森には 忘れられない人がいる
出逢ったことが運命か これがドラマの幕開けよ
聞くも涙 語るも涙の 十八乙女の恋愛詩集
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by kazeyashiki | 2013-03-02 11:24 | 芸能文化 | Comments(0)

戯曲を書く人   

6月に上演する朗読劇風の台本を書くことになっているのだが、
久しく舞台用台本を書いていなかったので書き方を忘れている。

映像台本をたくさん書いたクセみたいなものがあって、
どうしてもその方向に流れてしまう気がしてならない。
事実そうなのだが、どうもふがいなさを感じてしまう。

過去に自分が書いた台本をパソコンに打ち込むという作業をした。
もしかしたら勘所みたいなものが戻ってくるかと淡い期待もした。
だが結果として書く能力や書きたいと思っていることは投影せず、
新たな台本、演者たちが喜ぶ台本、という形にならないのだった。

戯曲を書く人はすぐれた才能があるなあ。

書き上げるのを待ってくれている人達がいるのだからね。
テーマは家、屋敷、それに駅というものが浮き沈みする。
それらをいく人かの登場人物たちに語らせる魅惑の物語。

ぜひ書かねばならぬ。
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by kazeyashiki | 2013-02-10 16:19 | 芸能文化 | Comments(0)

22年   

1991年11月、アートシアター新宿と扇町ミュージアムスクエアで上演した第23回公演『怒濤の都完結篇』で劇団活動を終えた銀色昆虫館。2つの劇場もすでにない。解散後、1998年7月に『百年屋敷夢語り』を天空船の名で上演したが、銀色昆虫館としては22年前で活動は停止している。

しかしその後、劇団員であった島田誠彦君、亜己婆、そして音効の苫谷典子さんが鬼籍に入り、これは悲しいことなんだけど、うつむいて酒呑んで想い出を語る……なんてことはこっちの世界、あっちの世界にいる者たちにとって、らしくないというか、似合わない。

そこで彼らを羨ませてしまうようなイベントをやろうと計画していた。どこかのライブハウスなんぞを借りて、語りの会などやろうかなんて話していたところ、劇団後期に劇中歌を作曲してくれていた山崎秀記君が、北山新大宮上ルにある建物を見つけた。「ふじセンター」というかつてスーパーマーケットだったそれなりに大きな建物である。

おれはこの近く、大宮南林町の小薮寮という下宿屋に住んでいた。和田茂樹もいた。当時、このスーパーにかまぼこかなにかを買いに来た憶えがある。

とまあ、そういう場所を山崎君が借りた。店舗だった場所はステージを造るには充分な広さがある。そこで劇団のエンジニア絵所良和(現在は苫谷良和)氏が牽引して、京都のスーパー道具方棟梁である田島邦丸氏が中心となって改装工事がスタートした。「紫竹屋建設」という名前までついた。現在工事が進んでいる。そして6月15日の土曜日にイベント開催が決定したのである。

「朗読会」+「音楽会」+「映像上映」という3本柱で、午後3時から7時までの長時間、お客さんにも来てもらった催事をおこなう。銀色昆虫館の舞台を見たことがある、関わったことがあるという人はぜひお越し願いたいのだが、一観客ではなく、自分もステージに上がりたい、歌いたいということなら、参加して頂きたい。いきなり当日舞台に上がるのがためらわれると思うので、それまでにおこなう稽古に参加してもらっても構わない。

22年ぶりなので、その間いろいろ人生模様も変わっている。仕事中心の生活になっている者もいる。それぞれいまの人生を生きている。そういうなかに「芝居」というイベントが入り込んでくるということは、日常が揺さぶられることであろう。もちろん仕事上でも、新しい仕事になれば揺さぶられることもある。だが、「芝居」や「音楽」といった自分の感性や才能といったものが重要な要素になるものは大変だと思う。なにか根源的なものが揺さぶられるところがあるのだ。軸足の再確認が必要というか、自分に向かい合うことをしっかり見極めないとイカンところがある気がするのだ。なぜならそれだけ芸能は魅力的なのだ。心地よい囁きである。囁いているのは悪魔か天使かわからないが、パッと見たら天使であり、妖精であり、王子様女神様のようだ。ここがミソなのだ。

唐十郎は「(芝居で)いのち棒に振ろう」ってことを言っていたが、芝居に関わると生活がぶるんぶるんと揺さぶられる。社会性や一般性などというものが無効化されてしまうキケンだってある。そういう魔力がある世界なのだ。果たしてどのような展開が待ち受けているのか。

でも、いちばんブレブレになっているのは、おれ自身かもしれないなあ。
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by kazeyashiki | 2013-02-04 13:00 | 芸能文化 | Comments(0)