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いとこいさん   

大阪で育った者にとって「いとこいさん」と言えば、すぐに分かる。
漫才コンビ「夢路いとし喜味こいし」である。
この軽妙洒脱なコンビが繰り広げる漫才の舞台は、
漫才にさほど興味のないぼくにとっても、実にオモロかった。
先日、喜味こいしさんが亡くなられた。

夢路いとしさんが旅立たれてからも、
こいしさんは時々テレビに出たり、映画にも出演されていたのだが、
83才、ご冥福を祈りたい。

ぼくはこの大阪漫才のお二人に一度、お会いしたことがある。
まだ小学生の頃だった。
父方の叔父が交友関係の広い人で、
何かの祝宴があって、ぼくは父に連れられて出かけた。
そこにお二人がおられたのである。

「がっちり買いまショウの人や……」
ぼくはすぐに分かった。
「10万円、7万円、5万円、運命の分かれ道!」
というセリフで有名な毎日放送のゲーム番組の司会者だったのだ。
いわゆるTVに出ている芸能人を間近で見た最初だった。
(それまで何度か松竹新喜劇などの舞台には連れて行かれていたが)

いとこいさんは酒席でも紳士的で、
ダミ声のこいしさんも優しい大人だった。
お正月だったのか、お年玉を貰った記憶がある。
この席には、後に大阪府知事になる岸昌さんもいたようで、
その話を後年、父に聞いた。
そして岸さんも、こいしさんが亡くなった二日前に米寿で身罷れた。

「生きている間の名前がニワトリで、死んだら戒名がカシワ」

「鬼瓦といえば、君の奥さん元気か?」
「なんで鬼瓦で思い出すねん」

「その鉛筆、私にもいっぺん舐めさせてもらえんか?」

今日、追悼番組がオンエアされていた。
やはり、オモロイ。

中田ダイマルラケットさんの奇想天外な漫才とは違い、
正統派漫才で、都会的なセンスが京阪神地区の人々にはウケたのだろう。
在りし日の舞台が今でも観られるのは、便利なことだ。

「交通巡査」
http://www.youtube.com/watch?v=0N1snaCNmvY&feature=related
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by kazeyashiki | 2011-01-28 12:00 | 芸能文化 | Comments(0)

旅の本   

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最新号の『考える人』が紀行文学を特集している。
思わず買ってしまう。
雑誌にしてはそれなりの値段だが、単行本を買う感覚か。
この季刊雑誌はユニクロと新潮社が提携して出しているという。
なかなか魅力ある執筆陣が揃っていて、内容も面白そうだ。
まだぱらぱら読みしただけだ。

雑誌には世界の紀行文学がごまんと紹介されていて、
未読の名著も含まれている。読みそびれている。
いつか手に取りたい本も数多ある。

そうしたなか、紀行文学や紀行文もその記録の年代はそれぞれで、
古いものだと、池澤夏樹氏が語っているように、
ヘロドトスという紀元前5世紀の人物が書いたものから、
最近のものまでさまざまだ。

ちょうど今、北杜夫さんの『南太平洋ひるね旅』を読んでいる。
もう何度も読み返していると思う。特別好きというのではないんだけど。
この旅行記は1961年の南太平洋の旅を書いている。
今から50年前の話である。

当時の南太平洋の諸島、
タヒチ、サモア、フィジーなどに観光に出かける日本人は少なかった。
この50年前という時間がなかなか面白い。

伴野商会という商社が日本と南太平洋諸島との輸出入業を行っていて、
どこの島へ行っても「ばんの」の名前は知れ渡っていたそうだ。
北杜夫氏もこの会社の世話になっている。
この会社はその後、経営が悪化して消滅してしまったようだ。
またニューカレドニアのヌーメアでは筒井さんという人物が登場する。
後に日本総領事になったジョージ筒井氏だ。
南太平洋の島々へは、戦前から多くの日本人が移住移民していたことが分かる。

本ではいろいろと面白い発見がある。
たとえばフィジー言葉で「クアナ・タナ」は「アイ・ラブ・ユー」という意味だが、
文字をそのまま訳すと「あなたを食べない」ということだそうだ。
食人文化の痕跡だという。

タヒチでは、ハイビスカスの花を耳にはさむが、
男性も飾るそうで、左の耳なら独身者で、右なら既婚者。
こうした習慣は今も残っているのだろうか。

有名な『天国にいちばん近い島』(森村桂著)が出たのが1966年。
これも以前読んだ記憶があるが、すっかり忘れてしまっているし、手許に本がない。

寒いとなぜか暖かい地域の本が読みたくなる。
実に単純な人間であるな、わしは。
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by kazeyashiki | 2011-01-23 13:13 | 世界 | Comments(1)

深夜雑言2011-01-20   

この数日間で10数冊の本を”飛ばし読み”した。
ちっとも身に付かない読み方で、メモだけはしっかり取ったから、
何とか頭に叩き込むことができた。
本来ぼくは本を読むのが遅い。
咀嚼、とまではいわないけれど、感じながら読んだり、
本は手にしているけど、横目になっていたりする。
おそらく小学生頃からそうだった。

10数冊の本は、資料としての本だ。
難しい本ではない。中には絵本も3冊入っている。
好きな山田風太郎もあるし、法然・親鸞についてのものもある。
だから苦痛ではない。
ないのだけれど、資料として読んでいるからツライ。
こうした形で読むのは、電灯がちかちかするような感じ、
眼を悪くしてしまいそうな感覚がある。

〈そこまで考えることなどないよ〉

スーザン・バーレイの『わすれられないおくりもの』と、
キム・フォックスオーカソンの『おじいちゃんがおばけになったわけ』
この2冊の童話のことは今回初めて知った。
ふだん童話はさっぱり読まないが、その分、びっくりする。
物語のもつ世界の奥行きに引きずり込まれてしまう。

〈資料として読んでいるのか、楽しみで読んでいるのか〉

いずれの童話もテーマは〔死〕である。
昨年、一昨年と旧い友人達がこの地球から離脱していった。
そのことが、どこか丘陵地帯に棚引く霞のように見渡せる。
いちばん遠いところにあるのが父の死のように思える。
あの病室での、父の手の感覚はいまも鮮やかに残っている。
そこからはじめた旅のような日々。
その途上に、本当に多くの友が、仲間がいる。

〈いまでも生きているね〉

読んで、考えて、書いて、作業は終わる。
だけどまだこの身は、あの森の切り株の上にあるようだ。
でも、立ち上がらなければならない。
明日はすこし時間が取れるので、長い散歩にでかけよう。
方角は決めている。

〈南だ〉

たぶん、
♪〜両足そろえ 靴ひもむすんで〜♪
なんて歌を口ずさんでいることだろう。
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by kazeyashiki | 2011-01-20 01:48 | Comments(0)

深夜雑言2011-01-17   

久々に遅くまで仕事をしてしまった。
結果、頭が冴えて眠れず。ちょっと深夜の雑言など。



karaという韓国のアイドルグループが日本で人気だそうだ。
よく見ていないし聴いていないのだが、
ヒット性のある歌をダンスとともに繰り広げている。
karaという名前ってどういう意味なんだろう?と思って、
ネットで検索したら、以下のような一文があった。

【KARA→「甘いメロディー」という意味を持つ言葉に、
 ギリシャ語の〔CHARA(喜び)〕を加え、
 〔KARAの音楽を通じて、喜びを与えたい〕
 という気持ちが込められています】

なるほどね。
出典がよく分からないが、そういうことなんですね。

ぼくは別のことを考えていた。
karaの「ra」というのは、ひとつの国を表す意味だという話を、
どこかで聞いたことがあって、
たとえば「唐」や「耽羅(済州島)」、
日本の「松浦(古くは【まつら】と読んだ)」、
また「奈良」などもそうで、
これが朝鮮語なのかどうかは明確ではない。
その文脈上で、karaもそうしたネーミングかと思ったのだ。
でも、考えすぎみたいだったですね。



薩摩のことを調べていたら、
秀吉の時代に島津に攻め入る際、
秀吉本軍が行くまで待てと言われていたのに、
功名心で攻め込み、先鋒隊だった長宗我部軍が全滅する……
という出来事があった。戸次川の戦いですね。
この時の将が仙石権兵衛。
内閣官房長官だった人は仙谷由人さん。
別にあーだこーだと詮索はしませんケレド。



墓碑銘で、なかなか素敵なものを見つけた。
トーマス・ハーディの言葉。
「生まれたくなかったこの世に生まれ
 取り出されて体を抑えられ
 しかめ面して足をバタバタ…
 熱い煉瓦の上の猫のように
 床から飛び上がって奇妙なダンス
 ぶっ倒れて息が止まるまで」

ちょっと書けないエピタフであります。



今日は、16年前に大きな地震が起こった日です。

では、
おやすみまさい。
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by kazeyashiki | 2011-01-17 02:22 | 暮らし | Comments(0)

1月15日(土)   

朝から原稿。大学映像教材のシナリオだ。
昨晩までに半分程度を書いていたが、それからが結構かかった。
午後3時に、取材のための電話。山梨県のある住職に。
約1時間、電話で話を聞いた。
その後、プリンタのインクが黒もカラーも切れていたので、
天満橋のミドリ電化まで行く。
ついでにジュンク堂で、明日から書き出すムック本の書籍紹介用の本を見に行く。
全部で16冊あるが、持っているのは2冊程度。
しかし残りの本をすべて買い求めることはできない。
経費もないし、読む時間もないからだ。
で、立ち読みということになる。
1冊につき100文字……どういう文姿になるのか、まだ分からない。
明日、あさってで、本当に全部書き上げることができるのだろうか。

今日あすと大学のセンター試験が開催されている。
全国的に冷え込んでいて、大雪の予報が出ている。
そろそろ日本も4月入学をやめて、9月新学期にしてもいいのでは?と思う。
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by kazeyashiki | 2011-01-15 23:52 | 暮らし | Comments(0)

今日から5日間   

原稿書きで引き籠もる日々と相成る。
今朝も早くに起きて取りかかろうとすれど、いかんせん、気持ちが入らない。
銀行へ振り込みにいく。天満橋まで歩けば気分も変わるか……
と思いきや、帰宅後はカレーうどんなどを作って食べてしまう。
そしていま、デスクに向かった。

大学の映像教材の初稿。
こいつがなかなか手強く、まだ書き出してはいないが、構成表は完成している。
これを基にシナリオ化するのであるが、始められない。
気持ちの問題だなあ。
いま、これを書きながら、書くことの姿勢を作ろうとしているという言い訳。

明日からはムック本の短い原稿を数本、おそらく8本、書く。
リサーチはできているし、おおよその文脈は頭の中にある。
あとは気持ちの問題だけだ。
今日からの生活、居住まいを正して向かうこと以外にない。
18日火曜日の夜までの戦争である。

明日あさっては家人が家にいるので、これはなかなか曲者でもある。
そうした環境で書くことに馴れることが大事なんだろうな。

あちこち遊んだり、考えたりしながら、ともかく前へ向かって進んでいこう。
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by kazeyashiki | 2011-01-14 12:17 | 暮らし | Comments(0)

1月13日(木)   

今日は、母の病院の日。
朝10時過ぎに豊中の家に到着し、珈琲を飲んでいると妹が来て、
タクシーに乗って曽根のかかりつけ医院に。
11時過ぎだというのに待合室はすべてのシートが埋まっていて、
これはかなり待たされそうな気配。
ドアから離れた暖かな席に母を座らせると、
まずいつもの血圧検査。
その後、あまり待たずに診察室に呼ばれた。早い。
脚が痛いという申告に、医師は「水を抜きましょう」。
太い針の注射器を膝の上の部分に「ぶすり」。
顔をしかめる母に、「そんなに痛がるんやから元気なもんや」。
内科的には何も問題がないこと、食欲もありすぎるくらい……
そういう診断で、母も水を抜かれたせいか、元気になった。
薬はまた明日薬局に取りに行くことにして、
タクシーに乗っていつも行くトンカツ屋へ向かう。
「カキフライが食べたい」という希望を満たすメニューを注文し、
しっかりと一人前のランチを完食した母91歳であった。
家に戻り、しばらく話をして帰る。
いつものように涙ながらの見送りなのであった。

歩いて豊中駅方面へ。
仏壇屋に入る。仕事ではあるけど、知りたいことがあった。
それは、いずれ母宅にある仏壇を私が引き取ることになった場合、
今の仏壇は大きすぎるので、買い換えなければならないということ。
そんな先の話の布石をいま打つこともないし、親不孝なことかも知れない。
しかし知っておくことは大事だと思う。
仏壇屋の担当者は「仏壇コーディネーター」の資格者のようで、
いろいろこちらの質問に間髪を入れず答えてくれる。
実に瞠目すべきことが多かった。

仏壇は家の中にあるお寺であり、
仏壇をまず買うのではなく、本尊をお寺で貰ってきて、
そのサイズに見合った仏壇を選ばなければならないということ。
つまり本尊の掛け軸を本山である寺で購入し、
たとえばそれが10万円のものであるなら、かなり豪華な部類になる。
そしてその豪華な本尊に見合う仏壇でなければ釣り合いが取れない。
仏壇が先ではなく、やはり本尊が先というのが物事の道理だ、
そう「仏壇コーディネーター」は言うのである。

また、日本の仏壇の元締めというか原点となるのは、
「京仏壇」と「大阪仏壇」なのだそうだ。
「京仏壇」の特徴は、仏壇の造作がお寺の建物を模していて、
「大阪仏壇」は、唱えるお経の内容を立体化させている点。
「京=寺院建築」「大阪=経典内容」が仏壇に再現されているのである。
これは知らなかった。
そしてこの「京仏壇」と「大阪仏壇」の形式が全国に広まっている。
京都は越前、加賀、越中と、宗派の関係もあるのだろうが東へ行き、
大阪仏壇は、概して西日本へ伝わっていったという。
仏壇工芸師が各地へ伝授したという。
たしかに富山の砺波に出かけたとき、京から仏師がやって来たと聞いた。

いい勉強になった。

帰路は阪急豊中駅から急行に乗る。
Iさんからメールが2通届いていた。
今日、スティングのコンサートに行くという。
3月にはイーグルスのコンサートにも行くという。
「自慢その1.その2」というタイトルで来た。
ふざけた返事を打って送り返す。

梅田まで出て、地下街を歩く。
久々に富国生命ビルへ入る。新しくなっている。
地下街から入ると、セイロンカレーがあった場所は木製の広場になり、
天井が吹き抜けている。セイロンカレーの奥にパーラーがあり、
その奥にもう一軒、カレーショップがあった。インディアンだったか?
カレー以外にも、ハンバーグや焼き肉、揚げ物の定食も出していた。
宝くじ売り場があり、煙草の自動販売機が並んでいた。
その裏側にエスカレーターがあって、二階に上がると喫茶店があった。
「トレビ」という名前の、昔ながらの広い喫茶店だ。
ぼくは高校生の時、畠清美さんという女の子と、
この店で長い時間、話をした思い出がある。この娘のことが好きだったのだ。
彼女は池田に住んでいたが、途中で堺市に引っ越した。
だから梅田で会ったんだろうな。どうしているんでしょうか・・・。

ともかく街もひとも変わっていく。変化し続けていく。
おれも変わらなくてはいけない時は、心して変わらなければ!
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by kazeyashiki | 2011-01-13 23:07 | 暮らし | Comments(0)

鴫野ebonyへ   

早朝から原稿書きで数本を仕上げ、昼食を挟んでまた書いてたら、
だんだん頭の中がホコリっぽくなって来た。
きっとこのまま進んでもいいものにならない予感。
では、と立ち上がって散歩に出かけた。

たそがれが迫る大阪ビジネスパークのビル群を眺めながら歩く。
公園を突き抜けて環状線を越えると、鴫野という地域だ。

ここにいい店がある。"Cooke's Bar ebony"だ。
以前、雑誌の取材で協力してもらって以来、近所なので出かけている。
マスターのクック氏が迎えてくれた。

ebonyは、Soul musicが流れている。Deep Soulがメイン。
その他、GospelやR&B、Bluesもかかる。
Cooke's Barにあるように、Sam Cookeが最高というマスターは、
他にもOtis Redding,James BrownなどもFavoriteだそうだ。
ぼくはSoul musicについて詳しくを知らないので、
いろいろな歌手や演奏者、レコーディングの裏話などを聞いている。
それが楽しくてこの店に足が向いてしまう。

そして何よりなのが、ebonyはすべてレコード盤という点。
壁一面にぎっしりとLPレコードが並んでいる。
だが、LPレコードよりももっと重要なのがシングル盤なのだという。
シングル盤で発売されてそのまま消えていく……
Soul musicにはそんな歌手が多い。
だからアルバムもない歌い手がたくさんいる。
彼らが残した声はこれらシングル盤の中にしか残されていない。
マスターがこだわるのはこの点だ。

午後遅くから2時間、珈琲を二杯。
途中、ドラム教室に通う美しい女性と話が盛り上がった。
ずっとスピーカからSoul musicが流れていた。

家から歩いて約30分。散歩道としてちょうどいい距離だ。
しかも途中「しぎの湯」という魅力的な風呂屋も見つけた。
次は風呂上がりの麦酒を飲みに行こうと思った(湯冷め注意ですが)。

"Cooke's Bar ebony"
http://sweetebonyeye.blog70.fc2.com/blog-category-1.html

コミュニティ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2700758
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by kazeyashiki | 2011-01-12 21:00 | 暮らし | Comments(0)

商売繁昌で   

今宮戎の残り福に出かけてきた。
今宮さんは、聖徳太子が四天王寺を建立した際の西方の守り神で、
近年は商売の神様ということになっている。

ミナミの中小企業のオヤジたちが集まって願掛けをしている。
ちょっとした会社は社殿で祈祷までしてもらう。
みんな商売がうまく行って欲しいのだ。

ここんところめっきり冷え込んでいる関西の経済、
新幹線の中にある雑誌では、
「日本経済は大阪の二の舞いになるのか」
というのが特集記事だそうだ。
中味は知らないが、何だかげんなりするタイトルだなあ。

こういう言い方をされないためにも、
大阪はがんばっていかんとあきまへんなあ。
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by kazeyashiki | 2011-01-11 23:00 | 暮らし | Comments(0)

アフガニスタン情勢   

CNNのよると、オバマ大統領は米軍海兵隊員1000人以上をアフガンに増派すると決定した。南部の治安活動で数ヶ月の駐留だというが、現在米兵はアフガンに10万人弱が駐留している。「冬の間タリバーンに圧力をかけ続け、これまでに達成した治安向上を生かしていく狙いだ」と政権の高官は語っている。

昨年暮れに亡くなったオバマ政権のアフガニスタン・パキスタン担当特別代表のリチャード・ホルブルック氏のことを考える。ブルドーザーと渾名された強権的な人物だが、最期に発した言葉は「アフガンの戦争を終わらせなければならないんだ」だったという。強気で傲慢ともいえるホルブルック氏は、アフガンのカルザイ大統領との関係が悪かった。たしかに汚職・賄賂の閣僚がうごめくカルザイ政権という噂は、私が現地を訪れた2003年当時も言われていて、現地で活動するNPO法人のM氏も「政府の連中はヤクザですよ」と言っていた。教育支援のために動いていたこのNPOの記録映像を撮影しているなかで出会う政府関係者は、賄賂と優遇を無言の眼差しのもとに要求していた局面があった。だからと言って、ホルブルック氏に正義があるというのは早計だが、カルザイ政権の闇の部分を嫌悪したホルブルック氏の目は確かだっただろう。

ホルブルック氏がオバマ政権でどのような政策を推し進めていたのか、おそらく「オバマの戦争」といわれているこのアフガン対策をサポートしていたものであると思うが、昨年6月に”ローリング・ストーン”誌での舌禍問題で辞任したアフガニスタン駐留米軍マクリスタル司令官(国際治安支援部隊=ISAF総司令官)について、「能力が低すぎる」という評価をしていた。アメリカのメディアはこの一連の事態を、朝鮮戦争時のトルーマン大統領によるマッカーサー総司令官解任事件と比較して分析しているようだ。

オバマ政権は、リチャード・ホルブルック氏をなくしたことで更に大きな障害を抱えたことになる。そして今日の増派の報道だ。ホルブルック氏は、アルカイーダからタリバーンを分離できる、という意見を持っていた。そしてアフガン情勢の安定化の政策として、このように語っていた。「「今ワシントン(アメリカ政府)が採ることができる最もコスト対効果の高いアフガニスタン安定化政策は、過去に同様のケースで採られてきた政策に倣い、アフガンの農業セクターを生産性が高く利益が得られる輸出品目を作ることによって成長させることだ。過去の成功例に倣えば、アフガンは資金や雇用を得ることができ、それが国家の安定にも繋がる。」

アフガンにおける農業は技術も人も相当立ち遅れている。芥子栽培による収入という問題も解決の糸口が見えない。だが、農業から安定化をスタートさせようという政策は、最も賢明な手段ではないかと思う。

2011年、アフガニスタンの情勢はどのように動くのか、気になる。
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by kazeyashiki | 2011-01-08 10:30 | 世界 | Comments(0)