<   2011年 04月 ( 16 )   > この月の画像一覧   

ふしぎな夢   

宮城、福島と回っている途中、
二度、ふしぎな夢を見た。
林のなかを多くの仏様たちが、行列を作って立ち去っていく。
派手な袈裟を着た如来さまや阿弥陀さま、石仏たちもいて、
こちらを見ていたのに、一斉に一方向を向いたかと思うと、
音を立てて歩き去っていく。
「ちょっと待ってくれないか」
そんなことを私は思うのだが、声も思いも届かない。
「もうダメかもしれない」
夢のなかでそう感じている自分。
なにがダメなのか?
土地の守り主が見捨てていくのか?
あるいはこの国に見切りをつけてしまおうとしているのか?
同じ夢を二度だった。
目覚めは実に悪かった。
身心ともに弱っていたのだろう。
大阪に戻ってからはもう見ていない。
悪いほうには考えていないし、感じていない。
だけど、ふしぎだった。

現地を単独でまわりながら、漠然とした不安をいつも感じていたように思う。
津波来襲の大地に立ち、
かつてそこが圃場だったのか、宅地だったのか、工場地帯だったのか、
判断がつかないで心細くなっていた。
亡くなられた方も多くいた。
幸い生き延びることができた農夫の、津波を知らせる仲間の最期の声の話に戦慄した。
そうした生々しさのなかに身を置いて、
自分が実に頼りなくその場に立っていることを何度も自覚した。
そして疲れ果てて酩酊し、だらしなく眠ったら、こんな夢を見たのだった。

林立する樹木の間に居並んだ仏たち。
一斉に音を立てて横に、宙に、去っていく姿を目撃して、
取り残されていく感覚があった。

自分には信心というシステムがない。
信仰心の篤さを知ってはいるけれど、
自分が信仰者として生きている感触は遠い。
仏たちは観念の産物だと思う。
もしかしたら「仏という姿態をした自然意識」のようなものだったのかも知れない。
ただ、彼らが身につけている衣服が、
かつてネパールで見たチベット僧のものに似ている印象があった。

今回の東北行きでは森や林のなかを歩いてはいない。
出掛けたのは農地であり、地震と津波の痕跡の残る広大な土地ばかりだった。
だから林のなかに立つ仏たちの登場は、意外だった。

(別稿再掲載)
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by kazeyashiki | 2011-04-26 09:54 | 記憶 | Comments(0)

4月14日木曜日涌谷から石巻、東松島、仙台へ   

朝、佐々木さん宅で目ざめる。
表に出て、田んぼを見ていると佐々木さんが、
「地震以来、いつもはこの時季、たくさんいるはずの鳥が、
 全然いないんだよ」
という。
「どこの田んぼでもそうなんだ。ふしぎなことだねえ」
春の田んぼには昆虫類が現れているというのに、
鳥がいないというのは、鳥たちが警戒しているためなのか、
あるいは、虫たちが移動してしまったのか……原因は分からない。

ぷよねこ氏が撮影した動画を編集してくれた。
その一部を試験的にアップします。

東松島市の田んぼの情景


津波の話〜佐々木さんご夫妻

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by kazeyashiki | 2011-04-24 07:47 | 農業 | Comments(0)

4月13日水曜日/仙台から石巻経由、涌谷へ   

昨晩は、ぷよねこ氏の親類の方がやっている仙台市青葉区国分町のスナックで飲み、震災に関する話を聞いた。やがて奥のボックス席にいた某電機メーカーの人達が、震災の疲れとストレス解消もあってか、ずいぶん盛り上がってしまい、同年代のよしみもあって「なごり雪」をギター伴奏してほしいと頼まれ、応じてしまう。また来年定年だという課長は、学生時代ロックバンドをやっていたようで、彼の弾くブルースギターに合わせてブルースハープを合わせる。みんな喜んでくれたので、まあ、よかった。

午後11時頃にホテルに帰る。朝が早かったので、すぐに眠りのなかへ・・・。
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朝レンタカー店へ行き、アリオンというP3の中型車を借りる。

仙台市内は花粉真っ盛りなのか、鼻がむずむずして具合が悪い。集中が切れないように神妙に運転する。ナビを佐々木さんの家がある涌谷町に合わせるが、途中の東松島、石巻などを回りたいので、一般道優先で進む。

仙台市内、沿岸部以外はさほど地震の影響は感じられないが、道路が川を跨ぐ部分、つまり橋脚部分は段差がついている。塩竃を通過し、東松島市内に入ると、道路周辺の田んぼに瓦礫の一部が入っているのが見えてくる。ビニールハウスがひしゃげている。田んぼが多い大曲地区では、瓦礫が格段に増えて、流されてきたクルマや、家々が田んぼに入り込んだままになって止まっている。相当酷い。

クルマの中から見ているだけなので、また明日にでも見に行こうと思う。

さらに石巻市内に入ると、国道から北側の住宅地はほとんど被害がなく、家々の屋根瓦が落ち、ブルーシートなどが被せられている状態だが、海側は何だか風景がおかしい。ぼんやりと霞んでいる。それは瓦礫撤去のための土埃だと気づいた。大型重機の突端が見える。立ち寄りたいが、佐々木さんが今、種蒔き作業をされているので、その様子を見たいので、先を急いだ。
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涌谷町内は津波の被害がなかったものの、地震による被害は所々あるようだ。だが、道路沿いに瓦礫はない。穏やかな春の陽差しが降り注ぎ、暖かい。田舎の道をのんびり走っていると、地震があったことが別の場所の出来事のように思える。

第三小学校を目指して下さい、と言われていた。だがこの小学校は今年3月へ閉校してしまったのだという。やがてその小学校の校舎が見えてきた。丘の上に建つ優しい印象の建物だ。その近くに佐々木邸があった。
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種蒔きとは、育苗箱と呼ばれるパレットのようなものに、種籾を入れて水を掛け、その上に薄く土を被せるという作業で、ベルトコンベア式でおこなわれる。箱を用意する者、コンベアに載せる者、種と肥料を補給する者、仕上がった箱を取り出す者、その箱を積み重ねて行く者と、最低5〜6人の人手が必要な作業だ。発芽し、青苗になり、田植えができるようになるまでおよそ30日程度かかる。種蒔きは米作りの最初の大切な行程だ。

ぼくが訪れた時、まさにこの流れ作業の真っ最中だった。
挨拶もそこそこにすぐに作業の様子を撮影する。作業されているのは佐々木さんの知り合いの方々で、元JAの方、元種子会社の方、元農業高校の先生、佐々木さんの奥さんの祖父、佐々木さんの息子さん、アルバイトの若者、そして佐々木さんの合わせて7人。佐々木さんは監督役で、一連の作業の流れを統括するような立場だ。というのも佐々木さんは30歳代半ばに農業機械に左手を巻き込まれ、手首から先がない。「機械の運転は誰にも負けないけど、手を使う細かい作業は全然ダメなんだ」とみずから解説してくれた。
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佐々木さんを紹介してくれたのはぷよねこ氏で、テレビのスポーツ番組で障害者野球を取り上げた時、彼らは知り合った。その後、2007年2月にぼくとぷよねこ氏が宮城県を旅した時、温泉宿で落ち合って、酒を酌み交わした。10町歩という広大な水稲を営む専業農家である佐々木さんに、農業の話をしてもらって、大いに勉強になったのである。1町歩とは3000坪、10町歩は3万坪である。大変な広さである。ここで米作りをされているのだが、もちろん農業機械がフル稼働する。元々、農業機械の会社に勤務されていた佐々木さんは、この会社での仕事中に事故に遭われた。それを契機に退職し、専業農家になったのである。
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10町歩の米を育てるということは、非常に多くの苗が必要だ。育苗も半端ではない。それゆえに朝から晩までかかって種蒔き作業をする。仕上がった育苗箱がずんずんと積み上げられていく。
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昼食時間になり、家で食事が振る舞われる。ぼくも末席に招かれ、頂いた。朝8時からずっと作業をされてきた面々は腹ぺこのようで、焼き鮭、ネギのぬた和え、小茄子煮、胡瓜の漬物、焼き鳥、大根・人参・豚肉・牛蒡・油揚げなどの具だくさんの味噌汁、コシヒカリの大盛り飯を平らげていく。もちろん罐ビールもシュポシュポ抜かれる。「日本酒は終わってからだな」元JAの親爺がいう。

食べながら震災の話を聞く。みんな口々にそれぞれの体験を話すので、ぼくはあっちを向いたりこっちを向いたりする。この涌谷町は大きな被害はなかったものの、親類縁者が多く暮らす石巻では津波にさらわれたままになっている者も多いという。佐々木さんの奥さんの親類や知人も被害に遭い、指を折って数えていくと「7人もいる」という。7人の方々の多くは今も行方不明のままだという。身体の中に錘が垂れ下がるような思いになる。「だけど、まだわしらは農業ができるだけマシ」とこの年配の男達は言う。

「仙台市の若林区荒浜に二瓶さんという、全国認定農業者協議会代表で、全国ネットワークの代表でもあった素晴らしい人がいたんだ。だが地震で亡くなってしまった。残念でならない」佐々木さんがしんみりした口調でいう。それまで喋っていた男達の言葉が途切れ、一瞬の間のあと「そうだなあ」と、この馬力のある農業者のことを悼んだ。

『全国農業新聞』の記事を引用しておく。

「全国認定農業者協議会・二瓶会長が被災し死亡/東北関東大震災により安否が気遣われていた全国認定農業者協議会代表の二瓶幸次さん(60、宮城県仙台市若林区荒浜)の死亡が21日までに確認された。/行政刷新会議の規制・制度改革分科会が昨年末「認定農業者制度廃止」の方針を打ち出すと「直ちに反対運動を起こしたい」と表明。その後本紙「農 声」への寄稿や分科会のワーキンググループ委員との意見交換、「規制仕分け」での意見表明など、制度の維持・発展に向け精力的な対応を見せていた。/二瓶さんは1995年に認定農業者になると、その後宮城県認定農業者協議会会長に就任。2008年から全国ネットワークの代表を務めた。42ヘクタールを経営する(農)荒浜農産の代表でもあった。ご冥福をお祈りしたい。」〔2011-3-25〕

午後から作業再開。ぼくは佐々木さんの長男がやっているネギ栽培のハウスを見学に行く。16張のビニールハウスの中で、幾種類かのネギがすくすくと育っている。大学卒業後、1年間の農業研修を経て、24歳からネギ栽培を始めた長男の寿幸君は、この6年間で借りた資金を完済し、現在はパートタイマーの方々を雇い、ネギ農家としてがんばっている。後に寿幸君とは酒を呑んで仲良くなるのだが、父親である佐々木さんにとって、専業で農家を担ってくれる頼もしい息子だ。後継者不足が叫ばれるなか、こうした若い農業者のがんばりは嬉しい。
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午後になってクルマで女川方面へ向かう。
女川といえば良港を抱く三陸海岸沿いの町で、東北電力女川原子力発電所がある地域でもある。田んぼのなかの道をナビに従って走行するが、すれ違う車輌に自衛隊車輌が多くなってくる。いくつかの橋が落ちていて、通行不能だ。迂回するのだが、なかなか女川へたどり着けない。北に行けば南三陸町(志津川)だが、国道45号線は通行止め区間が多い。カーナビに「×マーク」が表示される。とにかく海が見えるところまで行こうとするのだが、やはり通行止めだ。斜光になってきたが気温は高く、田んぼは乾いている。どこかに農夫はいないかとクルマを走らせながら探すのだが、農作業する人の姿が見当たらない。結局、戻ることにした。
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夕暮れ近く、ようやく佐々木家の種蒔き作業は終了し、男達が「終わった終わった」とにこやかに手を洗い、夕食に向かっていた。「クルマで送って行くから、飲め飲め」といわれ、元JAや元種子会社の親爺達が日本酒のグラスを手に取る。宮城の酒蔵の話になる。
「一ノ蔵」は内陸部の大崎市に蔵元があるが、かなり酒瓶が割れたらしく、塩竃にある「浦霞」は酒蔵の壁が崩壊、機械類も被害を受けたそうだ。そして酒米作りも今年はかなり厳しくなるという話になる。もちろん「水」の問題もある。「支援するとすれば、宮城をはじめ東北の酒を呑むことでしょうか」とぼくが言うと、「その通り!」と親爺達に言われた。「それに、葉タバコ農家もあるんで、タバコもじゃんじゃん喫ってもらわにゃ」と笑う。新築された佐々木家は全面禁煙なのだ。そして皆さん、愛煙家だ。

暗くなって来たら、佐々木家が面倒をみているボランティアの人が帰ってきた。
横浜市の水道局を定年退職した男性で、避難場所で病気になった人や、通院ができない人をクルマで搬送するボランティアをやっている方だ。みずからバン・タイプのクルマを持ち込み、車椅子の方も載せられるし、担架でも大丈夫な構造になっている。この病人の搬送という仕事はなかなか重要な仕事だと、話を聞いていて思った。夜中でも携帯が鳴り、出掛けていくことがあるという。病院はここから20分程度のところにあり、佐々木さんは長女の依頼によってボランティアの寝泊まりの場を提供し、朝食と夕食も提供されている。「大事なことだからね、ボランティアは」そう佐々木さんは言う。多い時は5〜6人が寝泊まりしていたという。
午後7時過ぎになって、石巻の小学校の避難所にボランティアに出ていた大阪出身の若い女性が帰ってきた。正確には東大阪出身で、言葉が完全に河内弁だ。ぼくが大阪弁で喋ると「ひえー、ここで大阪弁喋るひとに会うとは思えへんかったー!」などという。

種蒔きという大切な仕事を終えた佐々木さんは、ようやくひと心地ついたのか、「今夜は飲みましょう」と一升瓶を抱える。テーブルの上には手作りの料理が幾品も並ぶ。どれも味付けが濃くて、うまい。ボランティアの方々は酒が飲めないので、酒のみのぼくを迎えて佐々木さんは少し嬉しそうだ。障害者野球のこと、オフロードバイクを中学生の頃から乗り回していたこと、クルマの免許を取ってからは「スカイラインGT-R(箱スカ)」が欲しくて仕方がなかった話、だが結局ケンメリの「GT-R」を手に入れた話(箱スカより、ケンメリのGT-Rの方が貴重!)、クルマで奥さんを誘ってデートした話など、気がつけば午後10時を回っていた。

明日は石巻、東松島、そして話に出た若林区荒浜の二瓶さんの田んぼに行くことを佐々木さんに話し、寝た。実は佐々木さんの家族は、石巻にも仙台市内にも震災以降、出掛けていないのだという。
「やっぱりね、見たくないって気持ちあっから……」ぼくが代わりに見に行きます、と宣言したのだが。
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by kazeyashiki | 2011-04-20 12:49 | 農業 | Comments(0)

4月12日火曜日/大阪から東京経由、仙台へ   

朝4時に起きて、でかける準備をする。ネットで調べると、今週は宮城・福島ともに天候の崩れはない。

5時過ぎに家を出る。荷物はモンベルのトートバッグとザック。佐々木さんへの土産は京都の桜煎餅にしたが、果たしておいしいかどうか。地下鉄谷町線で東梅田へ。御堂筋線に乗り換えて新大阪着は5時45分。初発6時の「のぞみ」に充分間に合う。結構な乗客数だ。朝いちばんで東京に向かう会社員は多い。「のぞみ」は快適に走行し、東海道を駆け抜ける。富士山がきれいに見えた。思わず写真を。
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このまま順調に東京駅まで到着するものと思っていたら、新横浜に到着したと同時に車内の灯りが消え、甲高い警報が鳴り響いた。すぐにアナウンスがあり、「8時8分に震度5の地震があり、新幹線の東京ー豊橋間が停電しました」という。長くなると困る。仙台に向かうバスが午前9時発車だからだ。しかし停電が復旧する様子はない。20分が過ぎて、ようやく車内灯が点灯し、すぐに発車した。20分の遅れなら何とか間に合う。東京駅丸の内出口から数分のところがバスの発車場だ。ぼくと同じ「のぞみ」に乗っている者もいるかも知れない。バス発車30分前から受け付ける緊急電話の番号を控え、品川駅を過ぎ、東京駅に到着したのは9時10分前だった。

いそいで改札口を出て、発車場へいそぐ。バスはすぐに分かった。「緊急支援輸送」の文字が大書されている。受付で名前を告げ、乗り込んだ。するとまたそこで不運が!4列シートの2人掛け席、ぼくの隣にいるのは若いのかどうかよく判別できない男なのだが、相当大きい。つまり太っているのであった。ぼくが坐ろうとすると詰めてくれたが、シートはほとんど彼で一杯になっている。しかし他に席はない。満席なのだ。ほとんどが若者で、なかには高齢者もおられる。ぼくも図体は決して小さくない。180cm、80キロだ。デカイ、といっても過言ではない。それが狭いシートに、しかもおそらく100キロを越える図体の横に坐ろうというのだ。しかし、仕方がないことは世の中にいくらでもある。諦めて席に付いた。それから2時間ごとの休憩はあったものの、6時間の長距離バスはなかなか大変だった。ともかくそういう環境でぼくは仙台に到着した。
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仙台の町は午後2時過ぎなのか、人も少なく、静かだった。いたるところで工事をしている。修復作業だ。地下鉄に乗るために地下道を歩く。水漏れしている箇所が多い。地下鉄も全線開通していない。勾当台公園まで2駅を乗る。今夜の宿がここにある。部屋は広い。何だか申し訳ない。自分一人で泊まっていていいのか。

部屋に荷物を置いてすぐにレンタカー店にいく。クルマはなかった。仕方がないので別の店へ行く。三軒目でようやくクルマを借りることができた。下から3番目のクラスなのでそれなりに費用がかかる。しかしこれ以外にクルマがない。明日の朝から週末まで、借りる予約をした。もしかしたらクルマの中で寝ることになるかも知れないから、という理由を言い訳にした。

そして今、午後6時。これを書いている。今夜は古い知り合いの機械メーカーの人物に会う。この地の農業の現状をよく知っているので、情報を得ることができるだろう。町の飲食店は営業している。昼に菓子パンを食べただけなので空腹感を感じる。
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by kazeyashiki | 2011-04-12 18:25 | 農業 | Comments(0)

何度も書くが……   

塚本邦雄さんの歌が、
今ほど切実に思うことはない。

   さみだれにみだるるみどり原子力発電所は首都の中心に置け

桜の季節が終わって、
青葉若葉の五月になれば、
よけいにこの歌が沁みる。

   さみだれに
   みだるるみどり
   原子力
   発電所は
   首都の中心に置け

くりかえし詠おう。
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by kazeyashiki | 2011-04-11 23:56 | 世界 | Comments(0)

準備。   

明日から宮城へ行く。
農業の状況があまり精細に伝わって来ないからだ。
費用はなかった。預かり、という形で出してもらった。
今は多くを語らず、現地の模様をレポートすることに集中したい。
自分が見たいこと、知りたいこと、知らなかったこと、
それらを映像で、写真で、あるいは書き物で、まとめあげたい。

今日はその準備でドタバタしている。
何をどうの、というわけではない。
たぶん自分自身、軽い興奮状態にあるのだろう。
時々、支離滅裂な方へ流れてしまいそうになる。
この感覚で現地に行くのはダメだ、と自分を戒めよう。

明日の朝いちばんの新幹線(贅沢だが)に乗り、
東京から仙台までは高速バスだ。
仙台では、農業機械会社の知り合いに会う段取りができた。
情報を得たい。
翌日は佐々木さん宅へ行く。
ちょうど「種まき」作業をしているという。
どんな風なのか、楽しみだ。

田植え前の作業については詳しくは知らない。
「播種」「種まき」という育苗に関わる作業があって、
青苗を田植えすることになる。大事な作業だ。
地震の被害を受けていない佐々木さんだが、
間接的な被害は受けていると思う。
仲間のこと、親戚も被害を受けられたと聞いている。

また佐々木さん宅にはボランティアの人が寝泊まりしていて、
毎日、石巻の被災地に手伝いに行っているという。
彼らの話を聞くことも楽しみだ。

米作りといっても、やはり地域によって微妙に違う。
JAを通さずに、苗を得ているところも最近は多くなった。
収穫した米を安価で買い上げられることへの抵抗もあるのだろう。
政治的な(農政的な)話もあって、これは実に難しい。
だが、農家は作物と向かい合うことを第一義とされている。

そこのところを自分の目で見てみたい。

福島県の情報も得た。
原町には入れないようだ。郡山、須賀川あたりに行きたい。
だがこれは計画であって、現場でどう変わるか・・・

ネット環境があれば、また報告したいと思います。
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by kazeyashiki | 2011-04-11 12:53 | 農業 | Comments(0)

父の命日だった。   

4月10日は父の命日。
2004年4月10日午後4時に親父は永眠した。
そして今年で八回忌となる。早いものだ。

昨日は妹夫妻、娘たちが集まった。

早めに出掛けて、母を花見に連れ出す。
車椅子を介護センターから最近借りたので、
これで散歩に出掛けたのだった。

だが・・・
「車椅子はどんなことがあってもイヤ」
泣かんばかりに主張する母。
「わかったわかった。歩いて行こう。
 そのかわり、一応車椅子も押していこう」
という段取りだったが、
表に出て車椅子に座らせることができた。
そしてそのまま出発進行。

「こんなに快適やとは思わなかった」
ついさっきまで泣きそうになって拒否していたのに、
豹変する母であった。
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妹の家の近所の公園で桜を眺める。
「こんなにきれいな桜を見るとは思わなかった」
「たぶん今年で桜を見るのは最後」
「(親父が亡くなった)あの日も、桜が満開やった」
そんなことをいいながら、桜花を眺めた。
長生きしてほしい。
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妹宅へお邪魔し、珈琲ブレイク。
「ここの家は外国の家みたい」
「アーティストの部屋みたい」
思うことを次々と言うのであった。
そして桜を見たことを俳句にしようと、ペンを走らせる。
その様子を愛犬タロウがじっと見つめている。
きみは文字が読めるんだね。
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その後、母宅に戻って読経する。
みんな揃って(うちの嫁は仕事だったが)のことなので、
あちらにいる父も喜んでいたことだろう。

食事会。
本当は精進料理なんだろうけど、
肉類、刺身などを食べる。
ビール、ワインを飲んで、若干メートルが上がったが、
「ま、仲良くしてね」
そんな父の声が聞こえてきそうだった。
「大丈夫。仲がいいということは何でも言えることだよ」
そんな風に答えた。

午後8時過ぎに大阪市内へ向かう。
みちのく帰りのぷよねこ氏と二杯のソーダ割り。
東北の状況を聞く。
無礼なことかも知れないが、やはり好奇心が発露する。
この目でかの地を見てみたい。

朝、宮城の佐々木さんにメールする。
正午に電話することに。
さて、佐々木氏は話をして下さるだろうか。
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by kazeyashiki | 2011-04-10 09:58 | 暮らし | Comments(0)

やはり農地と人が気になる   

TVで、昨日農林水産大臣が福島・飯舘村を訪れた模様を流している。
この辺りの農地からは高濃度の放射性セシウムが検出されていて、
おそらく米、野菜の作付けは当分、難しい。
今年の収穫分に関しては国が買い取り補償をするようだが、
来年からこの先、いったいどうなるのか。
土地は生きている。だが放射能が検出されては、どうしようもない。
いつになれば土壌汚染が消えるのか、誰にも分からない。
もちろん汚染がなくなるための努力は続けられるだろうが。

TVではさまざまなニュースを流しているが、
どれも均質化され、見やすく編集され、ナレーションで解説された、
まあいえば、人畜無害な、共通理解の内容だ。
だが、こういう映像からは見えてこないものが多々ある。
ニュース番組という限られた時間内では、難しいのだと思う。

ではドキュメント番組として30分の番組を作るか・・・
作っているところもあるだろうが、我々の目に入ってこない。

農業という側面に光を当てた取材がどこまでされているか。
TVで見る内容ではたまに、農業が分かっていない取材ものがある。
たとえばその一例が、取材側が農家の利益のことばかり質問するケース。
「こういう状況では利益が出ない」という前提でものをいう。
しかし農民は利益のことももちろん考えているが、
利益よりも作物の育成のほうがもっと大事だと思っている。
前にも書いたが、自然からの問いかけに答え続けながら生産する。
それが農家だと思う。
だが、今回の震災においても台風の後であっても、
たいがいの番組取材者はダメになった収穫物のことにはじまり、
収穫したらどのくらい利益があったか、損害額のことを聴く。
それが視聴者にとって分かりやすく理解しやすい内容だから、
というのも分かるが、どの局もずっとおなじことを繰り返している。

ぼくは近々宮城から福島県の農地及び農家に撮影に出掛けようとしているが、
この動機は、好奇心である。
農業の現状がどうなっているかに対する好奇心がいちばん強い。
そしてそこで暮らし、農作業をする人達への思いがつづく。
震災からちょうど1ヶ月。作業がスタートする時季になった。
だから出掛けて、自分の目でその様子を見てみたい。
TVで流されたものより、やはり自分がその場で知りたいという気持ちがある。
聞いてみたいことが多々ある。時季はちょうど今が 播種作業だ。
耕耘作業も始まっている。いましか撮影できないものがたくさんある。
その現状を見ておきたい。来年まで待ってられない。
いまがどういう状態なのか、それを知る手懸かりはJAからのものだ。

新ふくしまJAの発表したデータを再録しておく。

【共通事項】
①耕うん作業は、放射性物質が地表面に留まっていると考えられることから、
これ以上の拡散を防止するためにも当面行わないで下さい。
②出荷制限品目及び風評被害によって出荷できなくなった品目は、
必ず記録簿を作成し、写真も撮影可能な場合は撮影してください。
記録簿は、支店、営農経済センターに準備しております。
③すでに収穫してしまった出荷制限品目はビニール袋等に入れて保管する。
また、収穫が終了した作物などは、
すきこみや焼却を行わず当面はそのままにしておいて下さい。
後日処理方法についてお知らせいたします。
④屋外で作業をする場合は、帽子、マスクや手袋を着用しましょう。

これではまったく作業ができない。
収穫して、そのまま腐らせていくだけで、処分すら出来ない状態が続いている。
だが、他の地域からはいい情報も伝えられて来る。

福島市水田作付け可能 育苗センター稼働
2011/04/07

福島県は4月6日、
東京電力福島第1原発事故で拡散した放射性物質の土壌検査の結果、
放射性物質セシウムが
比較的高い数値を示している7地域を除く地域の農作業を可能としました。
放射能の影響による出荷制限や摂取制限は変わらず、従来通りの対応。

福島市では、耕うんや定植など実質的な農作業が可能となりました。
福島市在庭坂のJA新ふくしま吾妻育苗センターでは4月7日、
JA管内のトップを切って 播種作業を始めました。
㈱新ふくしまファームの菅野孝志社長のあいさつに続き、
担当職員、作業員16人が「コシヒカリ」「ひとめぼれ」など、
約3000箱 を処理。作業は5月6日まで続き、
緑化苗は4月14日から配達の予定。
作業員は「いい苗を作って皆様に供給していきたい」と話しました。

福島県の浜通りはかなり難しいが、
福島市や郡山、須賀川、二本松などの中通りでは、
どのような作業がおこなわれているのか。

撮影することで見えてくる側面があると思う。
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by kazeyashiki | 2011-04-10 09:29 | 農業 | Comments(0)

東北の鉄道   

今回の大震災で、三陸海岸沿いを走る三陸鉄道が大きな被害を受け、
駅舎全体が津波で流されてしまったところもあるという。
現在、一部区間で運行しているということだが、復旧には莫大な費用がかかる。
地元の足になっているこの鉄道の、全体復旧を願っている。
昨晩の余震でさらに被害が出たのではないかと心配でもある。
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この写真は2005年5月、久慈駅に隣接するホテルの部屋から撮影したもの。
久慈駅から北へはJR線だが、ここから南、宮古へ延びているのが三陸鉄道だ。
久慈ー宮古間は北リアス線で、
現在は久慈ー陸中野田間と、宮古ー小本間が運行している。
釜石ー盛の南リアス線は全線停止だ。
茶色の車輌は「くろしお号」という、1989年の横浜博で走行していた車輌で、
その後三陸鉄道に引き取られ2006年に引退、現在はミャンマーで走っているという。

次の写真は、くりはら田園鉄道。
宮城県の石越ー細倉マインパーク前の25.7キロを結んでいた鉄道で、
撮影したのは2007年2月のこと。
友人のぷよねこさんと宮城県を旅した時に偶然写した一枚だ。
その時のことを日記から引用しよう。
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2007年2月17日(土)晴れ
 伊丹空港で9時過ぎのぷよねこ塩田氏と合流し、仙台へ。レンタカーを借りて石巻へ高速道を走る。石巻という街は初めて。途中で、海の幸の恵みを盛った食事、牡鹿半島へドライブ。金華山というところに初めて行った。なかなか風光明媚なところだが、かつての観光地という雰囲気で、コバルト荘という国民宿舎が廃墟と化していた。宿泊は塩田氏が以前に投宿した「フタバイン」というB&Bスタイルの宿。石ノ森章太郎の故郷なので、廊下などに原画が飾られている。近くの銭湯へ行き、「六文銭」という、宿で紹介された居酒屋へ。ここで食べた魚のうまいこと!塩田氏は生まれて初めてミンク鯨の刺身を食べたらしく、感激し、竜田揚げも頼んでいた。おれは念願の「ホヤ」の刺身を食った。うまかった。部屋で少し呑んで寝る。
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2月18日(日)くもり
 鳴子温泉方面へ移動。途中、伊豆沼という渡り鳥の来る沼のサンクチュアリセンターに立ち寄り、しばし鳥たちを見る。あまり寒くないというか、雪もほとんどない東北の二月。鳴子温泉街の日帰り湯につかり、そのまま鳴子ラドン温泉という今夜の宿に向かう。中山平温泉という区域に鳴子ラドン温泉があって、元蛇湯などもある。宿は和室の湯治風で、おれたちはメシ付きの部屋に泊まる。すぐに湯に行く。ぬるぬるとした、いかにも効き目の在りそうな湯だ。露天が気持ちいい。塩田氏の友人である佐々木さんがやって来て、メシを喰い、部屋で呑む。夜中まで話が盛り上がる。
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2月19日(月)くもり
 佐々木さんと宿の前で別れ、おれたちは少し離れたところにある一軒家、佐藤温泉に日帰り湯で行く。なかなか鄙びた、谷底の温泉宿。味わい深い。そして栗駒山を眺めようと、山道をドライブしたが、除雪不能地域なので近くまで行けず。仙台空港まで戻る途中、踏切に出会った。冬枯れの田園の彼方から、一両編成の列車がスピードを上げて走ってきた。くりはら田園鉄道だ。ディーゼル車だが、鉄路には架線柱がある。元々この鉄道は電車だった。しかし経営が悪化し、ディーゼル車に変更したのだ。走行する姿はなかなか逞しい。いい音を放ちながら、あっという間に駆け抜けていった。
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くりはら田園鉄道は撮影した翌月、2007年3月31日で廃止されてしまい、
2010年8月にすべての清算が終わり、65年の歴史に幕を閉じたそうだ。
今も廃線跡は残っているだろう。出掛けて行って、歩いてみたいと思う。

今回の大震災では多くの人命が失われ、家も仕事も生活も大きな被害を受け、
今も避難所で不自由な生活を送っている方々がいる。
これからのことはまだ見えない……という人々が大勢いる。
ここに載せた鉄道の写真は私の趣味だ。
だが、この列車の写真から人間が普通に暮らしているということの大切さを思う。
列車が何事もなく運行するということがどれだけ大事なことであるか、
かけがえのない日常生活がいかに大切であるかを教えてくれる。
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by kazeyashiki | 2011-04-08 10:32 | 暮らし | Comments(0)

桜の日   

まもなく満開という大阪中央区の小さな公園の桜。
昼休み、会社員たちが樹の下で昼食をとっている。
咲きながら風に飛ばされ散っていくものもある。
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所用で堺へ出掛けた。
恵美須町から阪堺電車に乗って浜寺まで。
我孫子道で一度乗り換える。
地域の人々の足になっていて、乗客は多い。
だけど電車はのんびりと専用軌道や道路を走る。
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行きは阪堺、帰りは南海。
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普通電車で難波まで帰ってきて、
そのまま歩いて自宅まで戻った。
町の到るところに桜が花開いていた。
普段はそこに樹があることなど気がつかない。
「ここにいるわよ」
そんな声が聞こえてきそうだ。
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by kazeyashiki | 2011-04-07 18:09 | 暮らし | Comments(0)