<   2011年 10月 ( 15 )   > この月の画像一覧   

秋になると……   

なぜか聴きたくなる音楽ってあるね。
どういうわけか、みんな女性ソロボーカルばかり。

ケイト・ラズビー
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キャサリン・ウィリアムズ
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メグ・ベアード
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部屋の中でも、歩きながらでも、いい。

日本の歌い手、知らなくてすみません。
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by kazeyashiki | 2011-10-28 08:00 | Music | Comments(0)

ブータンシボリアゲハ   

北杜夫さんの「谿間にて」に登場する稀少種の蝶は台湾のフトオアゲハで、この小説が書かれた時代(1959年2月号の「新潮」掲載)、6匹しか採集されていなかった。その後、フトオアゲハは台湾内で発見されているが、稀少種であることには変わりない。

すると今日のNHKのニュースで、ブータンシボリアゲハが78年ぶりに発見されたと言うではないか。長らく幻の蝶と呼ばれ、世界中の虫好き蝶好きにとって、究極の”聖杯”だ。大英自然史博物館に5匹の標本があるだけなのだ。しかも今回の発見では、卵の採集にも成功したという。

その模様が10月30日の日曜日、スペシャル番組で放送される。楽しみだ!

http://www.nhk.or.jp/special/onair/111030.html

http://www3.nhk.or.jp/news/tokusetsu2011/1027.html
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by kazeyashiki | 2011-10-27 22:00 | 世界 | Comments(0)

う〜む、TPP。   

TPPはおそらく日本の農業を壊滅させるように思う。
アメリカ産のコメが関税なしに入ってくると、10キロで500円前後の価格となる
(もっと安価になるという人もいる)。

農家を営農化して、アメリカ型の大規模農業に転換せよと政府はいう。
しかし国土と農政の違いをどう考えるのか?

日本の農家が作物を生み出さなくなり、
アメリカで旱魃や稲熱病が蔓延して収穫が激減したとき、
日本人は食えなくなるのではないか。

町工場の従業員が、
TPPは自分たちが製造している工業部品が、
自動車やその他の製品となるのだから賛成だと言っていたが、
工場から家に帰るとコメがなかったら、さみしくないか。
居酒屋の暖簾をくぐっても、パンやピザばかりじゃ満足できるか。

アメリカは農作物の関税を撤廃することで国益を上げようとしているのだ。

日本の農業、農村、農民が好きなおれにとって、
TPPは異議、反対を唱えないわけにはいかないのです。
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by kazeyashiki | 2011-10-27 14:00 | 農業 | Comments(0)

なつかしい小説〜北杜夫さん   

初めて購入したのは『昆虫記』だった。
『航海記』も書店の棚に並んでいたが、
手を伸ばしたのは昆虫の方で、角川文庫のものだ。
中学一年の初夏のことだったと思う。
夏休みが始まろうとしていて、
中学校から歩いて帰る坂道の向こうの青空に入道雲が沸き立っていた。
ようやく馴れてきた転校先で、
おれはこれからはじまる長い休みに何をしようかとワクワクしていた。
そんなときに『昆虫記』を買い、読んだ。
すぐに読み終え、くりかえし読んだ。
そして数日後に書店へ行って、『航海記』と『南太平洋ひるね旅』など数冊を買った。
それからこの中学生の世界は北杜夫一色になってしまったのだった。
読みやすいエッセイ集からスタートした。『青春記』は非常に面白かった。
やがて『楡家の人びと』や『白きたおやかな峰』、
『牧神の午後』などの小説を読み進めた。
『夜と霧の隅で』に収録されている「谿間にて」という短編は何度も読み返した。
フトオアゲハという稀少種の蝶を台湾の原生林のなかで採集したという男の話だが、
中学生にとってこの大自然のなかで格闘して蝶を捕獲するという話は、
血湧き肉躍る感覚で面白かった。
それに自然描写がなんともいい。
洪水後の信州の山を歩く主人公の学生に自分を投影した。

「土砂に埋もれて見捨てられた家を横に見て谿へはいってゆくと、破壊の跡は益々あからさまになってくる。しばらく応急の新道を行き、ようやく見覚えのあるトロッコの軌道に出る。しかし銹びた線路は或いはおし流され、或いは折曲って土砂にうまり、流木や大石が散乱して行手をふさぐのである。まさに荒涼そのものといった光景であったが、それでも仔細に眺めると、崖下にはみずみずしい緑が覗き、灌木は赤っぽい芽をふこうとしていた。」

「道は崖の中途にあやうく組まれた丸太の上を通ることもあった。そうかと思うと、急に広まった河原の砂地に降り、流木がほしいままに散乱した中を行くようになったりもする。日当たりのわるい崖下に、溶け残った雪があった。崖の上から渓流にむかってなだれおち、固く凍って、表面はどすぐろく汚れ、溶けきるまでにはかなりの日数がかかりそうに見えた。」

なぜか、なつかしい感覚を呼び起こされる。
洪水や残雪に遭遇したことなどないのに、
どこかで出会った風景のように思えるのだった。
それに昆虫にはさほど興味を抱いてはいかなった。
ただ、引っ越す前に住んでいた箕面の町には小さな昆虫館があって、
なにかのたびに、通い詰めていた。
現在も箕面昆虫館は存在するが、おれが足繁く通っていたころの建物、
木造建てで、焦げ茶色の床はいつも油がしっかり塗られていて、
ゴム底の運動靴では転倒してしまいそうで、いつも注意していたように思う。
そしてずらりと並んだ標本ケースのなかの展翅された昆虫類を飽きずに眺めた。
おれはそこで甲虫目や蝶目、トンボ目などの美しい肢体にうっとりとし、
カメムシ目に分類されるセミや、バッタ目のコオロギなどにうつつを抜かしていた。

そういうガキにとって北杜夫の本は、昆虫先生の話を聞いているようなものだった。
日本国内よりむしろ遠い国、虫の宝庫といわれる地域を舞台にした物語は、
憧れと怖れに満ち満ちていた。
『昆虫記』が初めての北杜夫との出逢いだったのが良かったように今では思う。
もちろん中学生もやがて学年があがっていくように、作者も変化していく。
ブラジル移民を描いた『輝ける碧き空の下で』や父である茂吉のことを書いた本など、
書店でみかけると買い求めたものだが、マンボウ的エッセイは読まなくなってしまった。
小説を書かない小説家は小説家ではない、などとフンガイしたりしていた。
しかし今となって分かる。
北杜夫は小説が書けなかったのだ。理由や原因はよく分からない。
だが、生きていくためには糧を得なくてはならない。
そこでさまざまなマンボウの名を冠したエッセイ集が出版されていったのだろう。
よく、分かる。

もしかしたら未発表の小説が書斎の片隅に埋もれているかもしれない。
あってほしいと思う。だが、未発表というのは出したくないことだとも考えられる。
それを読むことが幸福なのかどうか。
作者にとってもそれがいいことなのかどうか。

『楡家の人びと』に登場する桃子のことを三島由紀夫が愛でた。
同感だ。
「これが、小説なのだ。」とも、三島は書いている。
斎藤家の大河小説である。
北杜夫は自分と自分の周辺のことを書いた作家だった。
それ以外のことは書かなかったのではないかというくらい、自分が中心だった。
自分にしか興味のない者であったのかもしれない。
だが、そこにおれは魅力を感じていたのもたしかな話である。
それに……北杜夫は自然と虫が好きだった。
それもおれには好ましかった。

それでいいのである。

「さよなら、バイバイよ」
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by kazeyashiki | 2011-10-27 09:00 | 読書 | Comments(0)

秋の夜の罠   

つい先日、この秋に読もうと本棚から引っ張り上げて来た文庫本五冊を、
仕事机の目の前の棚の目に付きやすい場所に並べているというのに、
つい浮気心が出てしまう。これはもう自分のサガだとあきらめている。
もっともそんなに簡単に、
サガなんて言葉を持ち出して決めるのもよくないことだと思うし、
こうした速断がもしかしたら耄碌のはじまりなのかと思ったりするが、
いずれにしろ、
自分で決めて自分でおこなうことなんだからえんやん、と言い訳しよう。

以前から、保坂和志さんの小説をぽつりぽつりと読んできていて、
この同い年の作家の書くことにふむふむと思っていたりしていた。
しかしここしばらく新刊も知らずにいる。書いていると思うのだが。
今夜何気なく、
本棚にあった保坂和志著の『生きる歓び』という文庫本を引き抜き、
そのまま読み始めたら、すぐに読み終えてしまった。
この文庫には二編の短編があって、
表題のものと「小実昌さんのこと」という”小説”だ。
エッセイを書いていた保坂氏のもとへ田中小実昌さんの訃報が届く。
そこからこの”小説”は書き始められているのだが、
読んでいる感じはエッセイ、長い追悼文という感覚なのだ。
だけど保坂氏は”小説”だということを押しつけがましくなく表明している。
そこがなんとなくいい。
そして読み終えると、
やはり田中小実昌さんの小説が読みたくなって来る。

この人はテレビなどにも時々出演していたから風貌を憶えている人も多い。
ぼくは、小実昌さんと殿山泰司さんが並んでステーキを食べている写真、
……それは俯瞰気味のカメラポジションから撮影されたもので、
見事な禿頭がふたつ並んでいるのが印象的な写真だった……を思い出す。
タイトルも「禿頭対談」というようなものだったのではないか。

田中さんの本では、
バス旅行の紀行文と、『ポロポロ』『ベトナムの王女』が、
おそらく本棚のどこかにある。『イザベラね』もあったかも知れない。
それと『乙女島のおとめ』も。
いま、それを引っ張り上げて来るとそのまま”読み”に入ってしまいそうで、
また寝不足になるからやめておこうと思っているけれど、
もしかしたらこの文章をアップしたら本棚の前に立って、
前面の文庫本を積み下ろして探してしまうかも知れないと思っている。

どうも秋というのはそういうことを積極的にさせてしまう季節らしい。
罠だろうか。
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by kazeyashiki | 2011-10-24 01:00 | 読書 | Comments(0)

京都の秋   

昨日は時代祭と鞍馬の火祭だったけれど、
大雨の予報が出ていて、時代祭は翌日に延期になりました。
時代祭、学生だった頃にバイトしたことがあったなあ。
足軽の扮装をした記憶がある。
遠い日の出来事だ。

で、昨日のこと。
岡崎公園グランドで「綱引き&縄跳び」大会があった。
知り合いの映像制作会社が参加することになり、
人員確保のために声が掛かったので、出かけました。
天気予報がズレ込んで、日中は雨も天に留まってくれ、
曇天とはいえ、時折青空が広がる秋の空の下、
綱引きと縄跳びをやってきました。
いずれも何十年振りのことで、楽しかった。

綱を引くという単純明快なこの競技だが、
1920年のアントワープ五輪までは正式競技だったとか。
日本では一年を占う神事であったと伝えられ、
カンボジアのアンコール・ワット回廊のレリーフに、
綱を引き合うものがあるという。
ヒンズーの世界創造神話の乳海撹拌がその原点だとか。

綱を引くという動作は日常的なものではない。
したがって使う筋肉が摩耗劣化しているに違いない。
翌日である今日、おれの腕や腹や脚の筋肉は「笑っている」。
情けないなあ。

綱引きといえば「オーエス」という掛け声が独特だが、
これはフランス語由来だとどこかで聴いたことがある。
チームのアンカーである中西氏が「オーエス!オーエス!」と叫び、
進行を担当している吉本の若手芸人が、
「オーエスの声が出ています!本日はじめて聴きましたねえ!」
とアナウンスしているのを、綱を引きながら聞いた。
なんだか、のどかというか、古きよき日本の情景のように感じた。

縄跳びは回し手を担当したのだが、
6名が一度に縄を跳ぶためにはリズム感をもって回す必要がある。
これもコツをつかむまで、それなりに練習が必要なんだろう。

いずれの競技も我がチームは3位決定戦まで行ったのだが、
そこで敗退した。
しかしこの成績はちょっと驚きであった。
まさかそんなに勝ち進むとは思ってもいなかったからだ。
すぐに負けるという自信があった。

午後になってすべての競技を終えて、
新京極四条上ルにある「京極スタンド」へ移動し、ビールを呑む。
うまいのはいうまでもない。
この昭和レトロな店はとても繁昌していて、雰囲気もいい。
豚てんや鯖塩焼きなどを肴に呑んでいると、
カミナリが鳴って激しい雨が降ってきた。
京都の秋が深まっていく天からのご挨拶だろう。
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by kazeyashiki | 2011-10-23 11:00 | 京都 | Comments(0)

今日と先日と   

今日、電車のなかでカップ麺を食べている奴がいた。
ハンバーガーならまだしもカップ麺はどうなんだ、
と思ったあなたの感覚は正しい。
学生やないんですよ、サラリーマンでっせ。
呆れてものが……の顛末なのだが、
実は先日、某首都でも同じ光景を目にした。
そのときのことは、思い出すだけで逃げ出したくなる。
カップ麺をこぼしたのです。
こちらも食い主はサラリーマン。
しかも3人が揃って食っていた。
地下鉄がガクンと揺れて、となりに座る女性の膝の上に……
嗚呼、なんということでしょう!
だがサラリーマン氏は憮然として、
「電車のせい」と、のたまう。
すごい論理ではありませぬか。
ぼくは見てはいけないものを見た気持ちになり、
思わず逃げました。
電車のなかでカップ麺を食べるのは禁止、
という規則、あるんとちがうんかなあ。ないか。
でも、これは犯罪的です。
しかも「電車のせい」という言い分。
でかい声で正論を吐くバカも増えとる昨今やけど、
むちゃ論理ふりかざすアホも増えとる。
食っているカップ麺をそのまま顔に押しつけてやれ!
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by kazeyashiki | 2011-10-22 00:00 | 暮らし | Comments(0)

今日から…   

今から出発。
東京経由、一関。
そして明日は、気仙沼。
この町は、3.11以降初めて訪れる。
三陸沿いの町をめぐって、
19日は滋賀長浜へそのまま直行でイベント。
どうしてこうも重なってしまうんだろ。
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by kazeyashiki | 2011-10-16 07:00 | 世界 | Comments(0)

今日の本たち   

今日、本棚から引っ張り出してきた本たち。

・『アカシアの大連』清岡卓行著・講談社文芸文庫
・『無縁の生活/人生の一日』阿部昭著・講談社文芸文庫
・『思い川/枯木のある風景/蔵の中』宇野浩二著・講談社文芸文庫
・『鯨神』宇能鴻一郎著・中公文庫
・『百人一語』梅原猛著・新潮文庫

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さて、引っ張り出すのはいいけれど、読めるかな?
読書の秋。
だけどこのところ資料関係しか読んでいない。
何だか底浅い感覚がずっと自分の内にあって、茫然としている。
本を読むことがあんなに好きだったのに、
というのは言い訳だよね。
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by kazeyashiki | 2011-10-11 00:00 | 暮らし | Comments(0)

すぎやまこういちさん   

朝、「題名のない音楽会」にすぎやまこういち氏が出演していた。
御年80歳、傘寿だという。カクシャクとして、実に元気だ。

このひとの作曲した歌はわれわれの音的土壌にしっかり植え付けられているなあ。
番組では、「恋のフーガ」「亜麻色の髪の乙女」「学生街の喫茶店」が演奏されたが、
「恋のフーガ」にはちょっと遅れた感があるものの、
次の2曲はリリースされてヒットした時期をライブ感覚で憶えている。
「花の首飾り」は、まだ小学生の頃だったと思うが、流れていたのを記憶している。

ザ・タイガース「花の首飾り」/ガロ「学生街の喫茶店」
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しかしこの作曲家の最大の注目すべき点は、ゲーム音楽「ドラゴンクエスト」である。
「DQⅠ」が発売されたのは1986年で、すぎやま氏は50代半ば。
もともとゲームには関心があって、すぐに飛びついたとどこかで語っていた。
そして「DQ」はゲームとして大ヒットし、その音楽もゲーマーの耳に接着した。
まさに「接着」であると思う。
ゲーム音楽というのは通常の音楽と異なり、何度もくりかえし聴く。
ゲームをする限り、何度もその旋律がくりかえされるのだから、
聴いて憶えるなんてもんじゃなくて、身体に「接着する」感覚で記憶される。
ということは、貧相な旋律ではすぐに飽きられ、倦怠してしまうものなのだ。

ドラゴンクエストⅢ……このCDを持っている
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だが、「DQⅠ」から続くシリーズは、ゲームとしていずれも大ヒットした。
もちろんゲームとしての面白さ、奥深さもあるが、音楽的要素も大きい。
ゲームの場面が進むたびに新しい旋律が流れてくるが、
テーマとなる楽曲は、編曲の違いはあれ、基本的に変わらない。
すぎやま氏の音楽的教養の深さがなせる技であるとしか言いようがない。

ぼくは「DQ」のシリーズⅡあたりからやりはじめたが、
今もゲームのなかで流れていた楽曲を口ずさむことができる。
これはヒット曲を歌えるという感覚と似ていて、すこし違う感触がある。
歌ではなく、インストであるという点もあるし、電子音というのもあるが、
ゲームの持つ世界像、構図のなかに自分が入り込んでいるために、
世間で流行するヒット曲よりもさらに親和感があるというのが正しいのだろうか、
ゲームの世界の住人として口ずさむ、土着の音楽という気がする。
へんな言い方だが、ドラゴンクエスト共和国の国民になった自分が、
その国の愛唱歌を憶えているという感覚がある。流行歌とは全く違うベクトルなのだ。

すぎやま氏は東京大学教育学部を卒業しているが、
音楽大学に進みたかったと語っていた。だが、音大の入試には必ずピアノ演奏があり、
氏はそれができなかったのだという。これにはちょっと驚いた。

また、番組で生まれて初めてベートーヴェンの「運命」の例の有名なモチーフ、
あの「じゃじゃじゃじゃーん!」という部分だけを指揮し、非常に喜んでいた。
高校時代からベートーヴェンが好きだったようで、「田園」が好きだったとか。
何となく分かる気がする。

カラヤン指揮・ベートーヴェン交響曲第5番「運命」
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「DQ」の音楽のなかには、ベートーヴェンを彷彿とさせる旋律があるように思う。
交響曲はもちろんのこと、弦楽四重奏やピアノ曲などの影響も大きいのではないか。
ベートーヴェンの弦楽四重奏はよく聴いていて、とてもいい。

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲……ズスケ・クワルテットのものが好きだ
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どうもこのところ、クラシック音楽の話題が多くなっている日録である。
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by kazeyashiki | 2011-10-09 11:00 | Music | Comments(0)