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食べること   

すこしずつ体力を取り戻しつつある母。
病院食がおいしくないとのたまう。
いまいちばん食べたいのは、炊き立てのご飯に、
大根の漬物とか。
今日は、京都に暮らしていた頃の話。
映画が好きで、毎週観に出掛けたという。
そういえば、父ともよく映画を観に行っていた。

退院したら、故郷の福井に行きたいと言う。

それにしても、驚くほどに復活している。
基礎体力があるのか。
もっとも、せつなくなって、よく泣くのだが。
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by kazeyashiki | 2012-10-27 23:03 | 暮らし | Comments(0)

昨日と明日   

ライアル・ワトソンの本に、
昨日と明日を表現する言葉は同じ、という一文がある。
アフリカの言語圏の話である。

時間について、彼らは現在が中心だと考える。
これはおれも同じだ。
だが、彼らは現在から昨日を見るとき、明日を見るとき、
それを〈方向〉として捉えず、〈距離〉と考えるのだ。

するとどうなるか。

昨日と明日は同じ距離である、ということになる。
つまり、過去と未来は相反するものではなく、同じ距離圏になり、
それを表現する言葉は同じになる。

これはどういうことか。ワトソンはこう分析している。
「先祖というのはきわめて現実的な存在となり、
先祖は日常生活に深い影響を与える能力を十分にもっていることになる。」

先祖について、これまでどれだけ考えたか自問する。
ほとんどこの重要で、貴重な行為をおれはして来なかった。

ワトソンは続けて、こう解説する。
「死んだ先祖たちとまだ生まれていないすべての世代との橋渡しが、
わしら生きている者の義務だ。」

おれには子どもがいない。

先日、父が遺した日記を母の家の整理の際に読んでいたら、
「まだ子どもを作る気はないらしい。すこしさみしい。」
と書いていた。おれが30代の終わりの頃のことだ。
おそらく母もおれの子どもを見たかっただろうと思う。
いま、病床にいる母にこのことを聞けない。

橋渡しができずに生きてきた自分は、義務を果たしていないのだ。
そのことを考えながら生きていくしかない。
血を乳に替え、それを吸って育った自分にとって、
母の存在は、かけがえがない。
同様に、睾丸を通して血を精液に替えた父も。
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by kazeyashiki | 2012-10-23 11:05 | 暮らし | Comments(0)

福井へ行きたい。   

昨日の午後、母を見舞う。
ベッドに横になり、起きていた。
おれを認識して、しゃべりはじめる。
起きあがる元気はないけど、しゃべる元気はあるようだ。
話題はあちこち飛ぶが、
できるだけ退院させたいと思っている息子は、
紙に「福井へ行きましょう」と、誘惑の文字を書く。
それを読んだ母は、福井のことが一気に甦って来たのか、
越前福井の話をひとしきりする。
それはおもに戦争の頃の話で、何度か聞いている話ではある。
この年齢まで残っている戦争の記憶、
よほど強烈に記憶装置のなかにストックされているのだろう。

母が住んでいた家は空襲によって全焼、
家族で親戚の家に避難したが、そこは居心地のいい場所ではなく、
イヤミを言われた挙げ句、すぐに別の場所に移動した。
そこは赤十字病院の近くで、空襲には遭っていなかったが、
やはり家主は歓迎しているわけではなく、
父母、母、そして妹2人は苦労したようだ。

母はそういう環境がイヤで、就職することになる。
滋賀県にある東レに事務員として採用され、寮生活がはじまる。
仕事は、製品の運送先の荷札宛名書きで、
字を書くのがうまかった母は、しっかりと仕事をこなしたようだ。
まだ若くてキレイだった(?)から、
上司から見合いしてはどうかと何度かすすめられた。
相手は東レの社員さんである。
もしこのとき、快諾していたら別の人生がはじまっていた。
だが、オクテで男性に馴れていなかった母は全部断ったという。

一方、合唱団や俳句の会などの活動には積極的に参加していて、
会社のエライさんに交じって俳句の発表会に出席して、いい句を詠んだそうだ。
その句について何度も聞いたのだが、忘れてしまった。

母は給料をちゃんともらっていたが、
実家へ仕送りを続けていて、会社近くの郵便局の職員に、
「毎月仕送りして偉いね」と、顔見知りになるほどだったという。

何度も何度も聞いた話だが、また聞いた。
そのたびに、戦争中の暗くて、ときどき明るい時代を息子は思い浮かべる。

そんな記憶の町・福井へ行きたいというのは、
懐かしさとともに、自分がした苦労の場所に身を置きたいのかもしれない。
福井という風土を感じたいのかもしれない。

ぜひ連れて行きたいと思うのであった。
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by kazeyashiki | 2012-10-22 10:04 | 暮らし | Comments(0)

カゼひいてどうする   

19日の金曜日、
朝早くから京都へ行き、撮影の下見や人物取材をして、
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金戒光明寺の三重塔からの夕焼けを撮り、
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京阪電車で大阪に帰ってきたところでぷよねこ氏からメール。
京橋の居酒屋で一杯。
このところ酒を飲んでいなかったんで、すぐに酩酊する。
しかもそのままアフターへ行き、深酒してしまう。
翌日、頭が痛く、風邪の症状。
ああ、ダメだなぁ。おれが風邪を引いてどうする。
土曜日は終日、寝て過ごしてしまう。
しかし今日は、今から母を見舞いにいく。
風邪っぽさは抜けていないから、注意しなければね。
母に風邪をうつしたらたいへんだ。
マスクしていこう。
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by kazeyashiki | 2012-10-21 11:59 | 暮らし | Comments(0)

すこしずつ……   

朝早く起きて、近鉄電車で奈良へ。
待ち合わせ時間のかなり前に到着した。
雨がつよく降っていた。
猿沢池まで歩き、池畔でぼんやりとしていた。
亀がいた。
ゆっくり、ゆっくり。
亀のように快癒に向かってほしいものだ。
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by kazeyashiki | 2012-10-18 15:56 | 暮らし | Comments(0)

安心はできないが   

昼に見舞った妹によれば、輸血した母に大きな問題はないという。
しかし輸血したことを本人は分かっているのかどうか。
輸血によってどう身体的な変化があるのか、まだ分からない。
高齢だし、抵抗力、抗体も強くないはずだからという不安がよぎる。

だが、何もしないという選択肢だと、肺炎などの感染症がある。
おれは基本的に心配性ではないと思っている。
だから心臓ペースメーカーの手術もやるべきだという考えだった。
このあたりの感じ方、捉え方、進め方は人それぞれあるだろうなと思う。
最終的には自分の決意、というところに拠る。

明日は奈良で仕事、あさっては京都で、週末は母宅の整理など。
来週は毎年恒例のイベントが滋賀長浜で開かれ、短時間だけ手伝う。
また、かならず通過すると思っていた京都府◎の仕事が落選。
このところ落ち癖がついているのか、あるいは疫病神がどこかにいるのか、
一度、お祓いにいった方がいいのではないかと思ってしまう。

夜、お見舞いに来てくれた親類に電話をする。
「ご心配おかけしましたが、すこし元気になってきました」
大半の親類は、
おれが電話を掛けてきたことで、悪い報せだと思ったようだ。
ところが「実は、元気に」というと、全員笑うのである。
まあ、人騒がせなことだと思う。

安心はしていないのだけれど、復活しはじめたのはたしかだ。
92歳、あと2ヶ月足らずで93歳です、母は。
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by kazeyashiki | 2012-10-17 23:13 | 暮らし | Comments(0)

回避なのか   

今日は仕事で病院へ行けなかった。
妹が、姪っ子ふたりを連れて見舞いに行ったという。
母はとても喜んだようだ。

そして、懸念の心臓ペースメーカー取り付け手術は、
どういう理由か分からないが、する必要がなくなったという。
その代わりに明日、輸血することになったと、メールで伝えてきた。
手術することは心配だったのだが、
輸血は、母の人生で初めてのことではないかと思う。

いや、おれ自身も輸血の経験がない。

知らないだけのことで、輸血はよくおこなわれていることだろう。
しかし無知というのは不安をかき立てる。
明日、どれくらいの量を輸血するのか分からないが、
ちょっと複雑な心境である。
できれば明日、夕方には出かけてみようと思う。

手術を回避したことで、安心は安心なのだが。
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by kazeyashiki | 2012-10-16 23:01 | 暮らし | Comments(0)

まったくもって……   

元気と不元気(?)が交互にやって来るのだろうか、
今日、母はリハビリで歩行器を使い、立って歩いたという。
看護師さんがいう。
本当だろうか?
昨日はずっと眠りっぱなしで、
夕食が運ばれて来て、目の前に置かれても眠り、
おれがスプーンを差し出すと、ようやく口を開けたくらいなのに。
朝昼の食事も8割、食べたという。

一日眠り、次の日は元気。
そういうサイクルが高齢者にないわけではない。
fat氏によれば、
百歳の金さん銀さんはそういう生活パターンだったとか。
おれたちがいない方が元気だし、
おれたちがいることで甘えているんではないか、
というのが、おれと妹の見解だ。

さて、明日はこのサイクルでいえば不元気な日になる。
ならば、明日はだれも行かず、あさって行ってみるとするか。

心臓のペースメーカー取り付け手術のことだけが気に掛かる。
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by kazeyashiki | 2012-10-15 22:17 | 暮らし | Comments(0)

なかなか難しいなー   

土曜の夕方から母を見舞い、その夜は母宅に泊まる。
一週間ぶりに開けた母の部屋に、秋の夜気が入り込んできた。
もう遅かったので、焼酎をお湯で割って、出来合いの焼き鳥。
なぜか眠れず、午前3時頃まで部屋にあるモノを整理したり、
明日朝からの、不要品の整理&掃除の計画を立てる。

遅い朝に起き出して、荷物部屋になっている洋間を片付ける。
この部屋に引っ越してきた7年前から開けてない段ボールや、
後から買ったさまざまなものの空き箱、発泡スチロールなどを整理する。

豊中市は分別ゴミが特に厳しいので、表を見ながらゴミ袋詰めをする。
布類でも、リサイクルできるものとできないものに分別するとある。
どれも使い物になるようには思えないので、可燃ゴミにする。
タオルやフキンの類だ。
「プラ」と表記されたプラスチック製品と、
スーパーの惣菜などを容れる器は別に分けなければならないし、
缶類、瓶類、ガラス製品もすべて別だ。
瓶とガラスコップが別というのがよく分からない。
スーパーなどのビニール袋も、それだけでゴミ袋に入れる。

埃っぽいし、喉がガラガラになって、うがいばかりした。

夕暮れに病院へ行く。
今日の母は、昨日と打ってかわって元気がない。
聞けば、昨晩元気が良すぎて、ベッドを降りようとしたらしく、
看護師さんが止めたら、大きな声を出したという。
そんな人ではないと思うのだが、そうなってしまったのなら悲しい。
「夜中も付き添っていただくことになるかもしれません」
きびしい看護師に言われて、妹は落ち込んでいた。

しかし今日はほとんど起きない。ずっと眠っている。
日によって躁鬱がくりかえされることがあると看護師長がいう。
もし暴れるようなことになったら……と不安だ。

夕食を採らせて(昨日は自分で食べたのに)、8時過ぎに病室を辞した。
帰るときに声を掛けたが、すこし瞼を開けただけで、反応は鈍かった。
おーい、元気に、またいつものあなたに戻ってくださいよー。
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by kazeyashiki | 2012-10-14 22:33 | 暮らし | Comments(0)

一喜一憂。   

今日、母は意識もはっきりして、午後2時におれが行ったとき、ベッドから降りようとしていた。無論、勝手に降りてはいけない。それだけ体力が復活してきているのだ。母の動きを止めて、話し始めた。約二時間、彼女は躁状態のように喋り倒した。過去の話、病院の話、家族の話。やがてそれに疲れて、眠ってしまった。

おれは近くの服部緑地公園まで散歩する。週末の公園は、子どもや犬たちのパラダイスだった。ベンチに腰掛け、青空とそこにたなびく雲を眺めながら、明日のことを考えた。抽象的な〈明日〉である。いろいろ決意しなければならない明日……。ベンチの上では決意も、結果も出なかった。

夕方、病院に戻ると母は眠っていた。かすかに目を見開くと、泣き顔になった。泣かないで。やがて妹が来て、夕食の時間になった。食べさせるのだが、要らないという。食べなアカン!と、強要した。すると、自分で食べるという。食事は全て、細かくされた惣菜とお粥である。母は匙を手に、ゆっくりと食べた。おいしい、という。結果、完食する。おれたちは喜んだ。驚いた。果てに、不安にもなったが、母は満足そうだった。

妹が帰ったあと、母は見た夢の話をする。視界にいくつもの丸い物体が現れ、ぐるぐると回り出した。
それがとてもツラく、どうしょう?と思っていたら、亡くなった父が来て、その物体を取り除いてくれ
たという。何の暗示か隠喩か分からないけど、よかったネ、というと、こくりとうなずいた。

看護婦さんによれば、元気な日があれば、沈み込む日もあるので安心しないで、とか。さもありなん。

今夜は母宅泊まり。また明朝、出掛けよう。
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by kazeyashiki | 2012-10-13 21:30 | 暮らし | Comments(0)