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Talkin' to myself and feelin' old……
Rainy days and Mondays always get me down.

と、若くてきれいなカレンは歌っていたけど、
春の予感のしない冷たい雨の月曜日は、
やはり憂鬱なものだと感じる人が多いかもしれない。

今から奈良へいく。
雨が降っていると、遠く感じてしまうなあ。
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寒いのにも飽きて来てしまう。
一昨日手紙を出した、焼肉店豊楽のおばちゃん、
どうしているかな。元気でいてほしい。

あさって、京都にいくときは晴れてほしいね。
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by kazeyashiki | 2013-02-18 13:33 | 素描 | Comments(0)

ズボラな歩き人   

歩くのが好きだ。
今日も上賀茂橋から出町柳まで歩いた。
五キロ足らずの距離だ。
賀茂川沿いの、柔らかな枯れ草を踏んで歩いた。
とても気持ちがいい。

走っている人たちが多い。
羨ましいなと思う。
走りたい気持ちはあるが、体重や能力のなさを言いわけにしている。
走れば五キロの距離も早く行ける。
だけど、のんびり歩くのがいいではないかと、また自己弁護している。

歩くのは、日常の延長だ。
何かの打ち合わせが終わり、家まで五キロや十キロくらいで、
時間の余裕、天候、そして行く道の途中に気になるところがあると、
断然歩くモードに入る。
何度もそんなことを繰り返している。

いつも、シャツにネクタイ、スーツという恰好ではないからできることだ。
しかもリュックサックだし。手さげバッグだと歩きづらい。
常に歩ける準備が整っているということなのだ。
歩きながら周囲の風景を見、古刹に立ち寄り、
写真を撮ったり、メモしたり、コーヒーを飲んだりするのが楽しい。

基本的に、ズボラな性格であることは、まちがいなさそうだ。
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by kazeyashiki | 2013-02-17 19:13 | 暮らし | Comments(0)

恋の奴隷   

女   お仕事、進んでまして?
男   ……………。
女   雨の日は何かと想い出すことが多すぎて、
    畳に染みついたお醤油のシミを見ても何だか胸せつなく、
    むかしのことをつらつらと思い起こしてしまいます。
男   むかし?
女   ええ、私がまだ産まれる前のこの辺りのことや、
    家のまえを通りすぎていく人のお顔など、知りもせぬのに、雨のせいで、
    浮かんでは消え、消えては浮かぶ……そんなことをくりかえしております。
男   ふしぎなことを言うやつだ。
女   墨をお摺しましょうか?横着をして唾(つばき)で摺ったりなんかしては、
    せっかくの小説が何なら匂って来そうで……(と、水差しを取りに行き、戻ってきて)
女   今度の作品はどういったものか、私に聞かせていただけますか?
男   ふむ。なかなか難儀をしておる。
女   難儀な恋ゆえ燃え上がりますように、
    難儀な小説ゆえ、読むお方もお喜びになるのではありませんか。
男   (笑って)そう簡単にはいかんがな。
女   テエマは何でしょう?
男   ほう、テエマと来たか。えらく硬くでたな。今回は恋がテエマじゃ。
女   恋?争いごとでございますね。
男   ほう、恋は争いごとか?
女   恋が本当に恋らしく思えますのは、世が乱れ、
    ひと様の心がすさんでいるときの方が美しくあるようで、
    そのなかに一輪、咲かせる花こそまことの花ではないかと……
男   (笑って)男にはそこまでの余裕はないな。
    乱世なら乱世を如何に征くべきか、そちらの方に傾くものよ。
女   そこが女の恋の導火線。平静なる世の中など、男を骨抜きにするだけでございます。
    嗚呼、平静さなど男も女もダメにさせるだけのもの、ちっとも面白くありませんわ!
男   (笑って)まあ、おなごならそう思うだろうなあ。
女   ねえ、ちょいと読ませていただきたいわ!(と、原稿の束を奪い取る)
男   こらこら、よさんか!
女   (小走りに男から遠のいて原稿を見て)恋の、奴隷!?

その途端、奥村チ歌う「恋の奴隷」が流れ出す。
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by kazeyashiki | 2013-02-14 17:20 | 素描 | Comments(0)

井上理津子著『名物「本屋さん」をゆく』   

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井上理津子さんの新著
『名物「本屋さん」をゆく』(宝島文庫)が刊行されました。
東京都内にあるユニークな本屋さん、
ブックバー&カフェが60軒、網羅されています。
すこし読んだけど、面白いよー。
店主さんの写真もついていて、楽しい〜♫
電車で読んで出かけよう!
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by kazeyashiki | 2013-02-12 11:21 | 読書 | Comments(0)

戯曲を書く人   

6月に上演する朗読劇風の台本を書くことになっているのだが、
久しく舞台用台本を書いていなかったので書き方を忘れている。

映像台本をたくさん書いたクセみたいなものがあって、
どうしてもその方向に流れてしまう気がしてならない。
事実そうなのだが、どうもふがいなさを感じてしまう。

過去に自分が書いた台本をパソコンに打ち込むという作業をした。
もしかしたら勘所みたいなものが戻ってくるかと淡い期待もした。
だが結果として書く能力や書きたいと思っていることは投影せず、
新たな台本、演者たちが喜ぶ台本、という形にならないのだった。

戯曲を書く人はすぐれた才能があるなあ。

書き上げるのを待ってくれている人達がいるのだからね。
テーマは家、屋敷、それに駅というものが浮き沈みする。
それらをいく人かの登場人物たちに語らせる魅惑の物語。

ぜひ書かねばならぬ。
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by kazeyashiki | 2013-02-10 16:19 | 芸能文化 | Comments(0)

もの思う朝   



つめたい雨が降っている。
東京は雪だとテレビが伝えている。
今日は、大阪でイベントの設営を手伝い、
その後、京都へ移動する。
編集室で構成の打合せを夜まで。

雪が降ることで大騒ぎする東京のメディアが面白い。
こういうローカル情報は全国の人に必要ないんだが。
東京都の○○区くらいの広さとか人口と同じです……
といういい方をするアナウンサーがいる。
こういう比喩表現はやめた方がいい。
分からないものね。
とくにNHKの鶴瓶さんの番組の女性アナが、
こうしたいい方をよくする。さっぱり実感がない。



丸坊主にしたアイドルの女の子。
囚人の印象がおれにはあったのだが、
あれは丸刈りがあまりに下手だからという指摘があった。
納得。
アイドルは、ああいうことをしてはいけません。
すくなくとも、アイドルは「花」です。
丸刈り……教育の問題なのかなあ。
とすれば、事務所のレベルが低いんではないか。
育て方も、丸刈りの技術も。

Youtubeに流れたアイドルの映像、
あそこにNHKの「映像の世紀」テーマ曲、
「パリは燃えているか」をかぶせると、
収容所に送られる情景に見えてしまう。
こういうことは不謹慎だとは思うのであるが。



中国のレーダー照射による挑発。浅はかなことだと思う。
こうした愚者のせいで世界が悪くなる。
歴史の上ではたまにあることだ。

最近あまり報道されない(得ていない自分のせいでもあるが)が、
チベットの問題はどうなっているのか。
尖閣諸島を巻き込んでいうつもりはないが、
チベットの独立という言葉を口にすると、
やはりこれも挑発になるだろう。
しかし抗議の焼身自殺が後を絶たない状況を、
我々はもっと注視するべきだと思う。



柔道連盟の元理事さん。
ぜひとも北野武の映画に起用してほしいなあ。



朝のワイドショーを見ながら思ったことでした。
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by kazeyashiki | 2013-02-06 10:25 | 素描 | Comments(0)

22年   

1991年11月、アートシアター新宿と扇町ミュージアムスクエアで上演した第23回公演『怒濤の都完結篇』で劇団活動を終えた銀色昆虫館。2つの劇場もすでにない。解散後、1998年7月に『百年屋敷夢語り』を天空船の名で上演したが、銀色昆虫館としては22年前で活動は停止している。

しかしその後、劇団員であった島田誠彦君、亜己婆、そして音効の苫谷典子さんが鬼籍に入り、これは悲しいことなんだけど、うつむいて酒呑んで想い出を語る……なんてことはこっちの世界、あっちの世界にいる者たちにとって、らしくないというか、似合わない。

そこで彼らを羨ませてしまうようなイベントをやろうと計画していた。どこかのライブハウスなんぞを借りて、語りの会などやろうかなんて話していたところ、劇団後期に劇中歌を作曲してくれていた山崎秀記君が、北山新大宮上ルにある建物を見つけた。「ふじセンター」というかつてスーパーマーケットだったそれなりに大きな建物である。

おれはこの近く、大宮南林町の小薮寮という下宿屋に住んでいた。和田茂樹もいた。当時、このスーパーにかまぼこかなにかを買いに来た憶えがある。

とまあ、そういう場所を山崎君が借りた。店舗だった場所はステージを造るには充分な広さがある。そこで劇団のエンジニア絵所良和(現在は苫谷良和)氏が牽引して、京都のスーパー道具方棟梁である田島邦丸氏が中心となって改装工事がスタートした。「紫竹屋建設」という名前までついた。現在工事が進んでいる。そして6月15日の土曜日にイベント開催が決定したのである。

「朗読会」+「音楽会」+「映像上映」という3本柱で、午後3時から7時までの長時間、お客さんにも来てもらった催事をおこなう。銀色昆虫館の舞台を見たことがある、関わったことがあるという人はぜひお越し願いたいのだが、一観客ではなく、自分もステージに上がりたい、歌いたいということなら、参加して頂きたい。いきなり当日舞台に上がるのがためらわれると思うので、それまでにおこなう稽古に参加してもらっても構わない。

22年ぶりなので、その間いろいろ人生模様も変わっている。仕事中心の生活になっている者もいる。それぞれいまの人生を生きている。そういうなかに「芝居」というイベントが入り込んでくるということは、日常が揺さぶられることであろう。もちろん仕事上でも、新しい仕事になれば揺さぶられることもある。だが、「芝居」や「音楽」といった自分の感性や才能といったものが重要な要素になるものは大変だと思う。なにか根源的なものが揺さぶられるところがあるのだ。軸足の再確認が必要というか、自分に向かい合うことをしっかり見極めないとイカンところがある気がするのだ。なぜならそれだけ芸能は魅力的なのだ。心地よい囁きである。囁いているのは悪魔か天使かわからないが、パッと見たら天使であり、妖精であり、王子様女神様のようだ。ここがミソなのだ。

唐十郎は「(芝居で)いのち棒に振ろう」ってことを言っていたが、芝居に関わると生活がぶるんぶるんと揺さぶられる。社会性や一般性などというものが無効化されてしまうキケンだってある。そういう魔力がある世界なのだ。果たしてどのような展開が待ち受けているのか。

でも、いちばんブレブレになっているのは、おれ自身かもしれないなあ。
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by kazeyashiki | 2013-02-04 13:00 | 芸能文化 | Comments(0)

安岡章太郎さん   

安岡章太郎さんが亡くなった。

この小説家の本を結構読んで来た。
初めて読んだのは、中学生のときだっただろうか、高校だったか。
『ガラスの靴』という小説だった。
清岡卓行が「ふしぎな清純さ」と評した言葉が実に的確だと思う。
この小説に漂うものは、どこか童話風の透明感であり、
戦後から5年ほどの間の時代の匂いが静かに流れている気がする。

『悪い仲間』や『海辺の光景』『幕が下りてから』『花祭』、
岩波新書の『アメリカ感情旅行』も、とても面白かった記憶がある。
また読み直さなければ、と思います。

村上春樹の『若い読者のための短編小説案内』でも
安岡さんを取り上げていて、これを読むと安岡さんをはじめ、
「第三の新人」といわれた一群の作家たちの本が読みたくなります。

まだ未読の安岡作品があるので、図書館に借りに行こうと思う。

「ガラスの靴」が収録されている文庫本『質屋の女房』
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by kazeyashiki | 2013-02-01 13:42 | 読書 | Comments(0)