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ZUMA   

1977年の夏の終わり、
一乗寺の狭くて暑い下宿屋で繰り返し聴いていたのがこのニール・ヤングのZUMAだ。

ぼくはその夏のはじめからずっと、
金沢の辰巳という犀川の上流にある元ミシン工場で舞踏公演の手伝いをしていた。

舞台のことなど何も知らないのに,
一ヶ月間そこに居候できたのは公演主宰者のY氏の度量だった。

3日間の公演が終わり、
京都行の普通列車に乗りながらぼくは何をして遊ぼうかと考えていた。

だが、面白そうな遊びは浮かばなかった。

狭い部屋に閉じこもって二ール・ヤングばかり聴いていた。

すこし秋めいてきたとき部屋を飛び出した。

ZUMAとはその夏に別れたっきりだった。

で、昨日ひょっこり目の前に現れた。

曲も曲順も自分でも驚くほどよく憶えている。

弾き間違えもなんのそののアルバムだ。

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by kazeyashiki | 2017-03-25 22:13 | 京都 | Comments(0)

さまざまな死のかたち   

 先ごろ亡くなったムッシュかまやつ氏は、その数日前に亡くなった奥さんのことを知らずに天国への階段を登って行った。かつてムッシュ氏は、「死ぬときに走馬灯のようにいろいろなことが通り過ぎるっていうじゃない」と朋友井上堯之に語っていたが、ムッシュは走馬灯を見たのだろうか?だが、この地上からふわりと浮き上がって飛翔しはじめた時、走馬灯に現れた奥さんが目の前に迎えに来てくれたのだとしたら、ムッシュはさぞ驚き、「君も死んじゃったの?」と悲しみ、やがてゆっくり微笑んだのではないか、と身勝手に想像してしまう。

 今日見たニュースで、まもなく妻を亡くしてしまう夫の結婚相手を求める、というコラムが新聞に載った。書いたのは妻自身である。つまり、もう死にゆく自分が、残された夫の結婚相手を募集するという一文だ。「彼は恋に落ちやすい男性です。私の時も1日でそうなりました」と書き、夫ジェイソンは弁護士で料理やペンキ塗りもうまく、何よりも思いやりのあるパートナーだとアピールする。そして、やがて、まもなく、彼女は天国への階段を登って行った。ジェイソンは、妻の尽力に応えて新たな人と結ばれるのだろうか?いや、そこの話ではない。妻にその文章を書かれた夫の心境が気になるのだ。妻が残した個人宛ではなく、パブリックなメッセージだから周囲の人たちもジェイソンの内面の一部にも侵入して来る。がさつに「で、お前、どうするんだ?」友人なら訊ねてくるだろう。彼がどう答えるか知らない。自分ならどう言うか。

 「死ぬのはいつも他人ばかり」といったのはマルセル・デュシャンだが、それを知ったのは寺山修司の本だった。寺山の横にはいつも死の水脈が横たわっていたような感じがある。若い時に大病を患い、自分のこの惑星での生の時空は他者より長くないことを自覚していたのだろうか。「死ぬのはいつも他人ばかり」の解釈を寺山は、自分の死を量ってくれ、知覚するのは他人だ、と書いていたように思う。

 さまざまな死がそこにある。やがて死がもっと身近になっていくことは生物学的をはじめ、あまたの「~~的」により立証されている。それまでは、「他人ばかり」と感じ続けているだけということか。

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by kazeyashiki | 2017-03-15 23:38 | 記憶 | Comments(0)

昔人語りき   

京都は町の辻々に地蔵さんが沢山あるが、見てゐると子供達が前を通り過ぐる度にペコリと頭を下げてゆく。観光で名所旧蹟を訪ぬるも好いが、路の縁に佇みて微細に動く影絵芝居のやうな情景を眺むるのも旅の醍醐味ではあるまいか。
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by kazeyashiki | 2017-03-07 07:10 | 京都 | Comments(0)

工事現場の男の横を   

今日、近くのビル建設現場の前を通った時、
建設作業員が働いている中に年老いた男がいた。
ヘルメットに作業ジャンパーはみな同じだが、
白くなって伸びた髪がはみ出したのが見え、顔を見たら老いた男だと分かった。
その男は、若い、といっても四十を超えた恰幅のいい男から注意を受けていた。
老いた男は両手に、ビルの床に張り付けるためのものなのか、
30㎝角のタイルを何枚も載せて運んでいる最中だった。
四十の男は怒気は含んではいないが、励ますという感じではなく、
叱っているのでもなく、老いた男にぶっきらぼうに言葉を投げかけていた。
男は顔をしかめ、小股で四十男の後をついていく。
両手のタイルを家宝の大皿を運ぶような腰つきで。
働くことは苦しい。これまでの経験など何も通用しない現場ばかりだ。
まして年を取れば、仕方なしに雇われている現実を押し付けられる。
しかし働かなくてはならない現実もある。
それを不運というか、努力不足と呼ぶかは知らない。
若い頃のツケが回ってきたからだとも言うかもしれない。
だが、老いた男よ、体が動くならあなたは働こうとするだろう。
なぜかそう思う。
通り過ぎただけの者が余計なことを言うが、
あなたの横を通り過ぎていった10秒か15秒の間に長い年月が過ぎた。
死ぬまで働くと言った言葉をあなたは死ぬまで繰り返すだろう。
それがこの世の幸福ならと笑ってあきらめて。

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by kazeyashiki | 2017-03-01 01:49 | 素描 | Comments(2)