スーザンの声   

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ここしばらく『スーザン・ソンタグの「ローリング・ストーン」インタビュー』を読んでいる。
ジョナサン・コットがインタビューというより、二人の対話だ。
いろいろな世界のことを語っているのは、それがスーザンの世界だからだろう。

──あなたは世界のなかにいて、あなたのなかに世界がある。

そう、自分は世界に注意を払っている。そう感じている。自分ならざること、その存在とありようを強く意識しているし、並々ならぬ興味がある。それらを理解したいし、そちらに惹きつけられていく。

対話は映像を見てるようで楽しい。
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# by kazeyashiki | 2016-06-16 23:30 | 読書 | Comments(0)

林檎の種子   

 寺山修司の「書を捨てよ 町へ出よう』という映画を見たのはいつだったか。一乗寺の京一会館であったと思う。この映画に「もしも世界の終わりが明日だとしても、ぼくは林檎の種子をまくだろう」という言葉が引用され字幕で表記されていた。なんだかキザな言い方だなとその時は思ったものだが、今またこの言葉を頭の中でくりかえすと、こういうことを言う人も、映画の中で表す人も少なくなってきているのではないかと思う。

 いや、上映されている数多くの映画の中で、ふとした瞬間に、何か本質を突いているセリフが語られることはあるだろう。演劇や絵画、音楽をはじめ表現の世界においてもそれは同じだろう。だが、それらの言葉が取り上げられ、独り歩きしていくことが少ない気がする。本質を突くというのはぼくの主観的な解釈でしかないけれど、これだけネットが蔓延し、語られる言葉が膨大にふくれあがっているというのに、心を打つ言葉が見当たらない。どこか即物的で実利的で、現物支給の言葉のような気がする。現物支給は実用的でいいのかもしれないが、あまりに便利だとこれでいいのか?と疑問を覚えてしまう。

 「もしも世界の終わりが明日だとしても、ぼくは林檎の種子をまく」だろうか?と自問してみる。林檎の種子はどこで手に入れるのですか?ということを言う者もいるだろう。同時に、明日世界が終わる根拠が知りたいと質問する者もいる。どこに植えるのか?その時、空の色はどんな色?すでに地球のどこかは壊れ始めているのですか?助かる方法はないのだろうか?Q&Aのように質問が飛び交う。質問することにためらいがないのは構わないけど、考える前に尋ねることに僕自身も馴れている。当然、答えは用意されているだろうという甘えがあると思わざるを得ない。これって、やはり問題なんではないか。

 「読み、書き、考える」という言い方が学問の基本を成すものなら、そこに「問う」を加える必要があると言ったのは、S先生だった。問いかけることでグラウンドが広がると。しかし、僕は「読み、書き、問う」になっている自分を発見する。つまり、「考えていない」。情報過多は言い訳にならないと自戒した上で、なぜ「考えない」のかを考える。早く答えを知りたいからか。そんな性急さが必要なんだろうか。

 ふと思い出したが、寺山修司は飼っている亀に「質問」と「答え」という名前をつけていたそうだ。この亀たちは、仲が悪かったという。
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# by kazeyashiki | 2015-10-28 10:20 | 世界 | Comments(0)

翼よ、あれが…   

いろいろなところへ出かけていろんな人と話をする。

原発は反対というとサヨクですか?と言われ、三島由紀夫さんの文学を賛辞するとウヨクか?と訊かれる。

ヨクはないからムヨクと答えるのはええカッコしいに思うし、両翼がないと飛行機は飛ばないなどというのも理屈っぽい。挙げ句、ぼくは複葉機が好きなんですなどと訳の分からないことを言っている。

翼とは議会の席の位置が由来なんだってね。
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# by kazeyashiki | 2015-06-17 19:57 | 世界 | Comments(0)

住民投票が終わって   

住民投票が終わり、大阪都構想は消えた。橋下市長は任期満了まで務めるが、来年早々には新たな市長のもとに新体制の大阪市政が始まる。

これまで他府県の友人知人に、橋下さんの構想について感想的に聞いてみたが、もちろん大阪のことに多くの人は興味がない。人物的な好き嫌いレベルの話が多かった。たしかに橋下さんは人騒がせな人だと思うし、作為的であるにせよ、そこが嫌われる要因になっていたと思う。独裁、なんて言葉を肯定的に使ったりしていたしね。

しかし、大阪市民としては、税金の無駄遣いという負の点を考え含めても、地方都市のあり方、行く末を考えるための撹拌が行なわれたのではないか、という気がする。

大阪市をはじめ、地方都市は本当に大変なことになってきていると、各地へ出かけるたびに思う。他県の公務員の方と話をすればその実態と窮状を具体的に教えて頂けるし、街の飲み屋で初めて会う人と酔いにまかせて話しても、その街が良くなるという話題は実に少ない。大阪も同じだ。都市としては規模は大きいし企業も多いけど、幸福度がどの程度なのか、自分の尺度、自分の目線から計ると決して高いとは感じない。

ともあれ、一つの結果が出た以上、橋下市政以後の市政に期待し、市民である自分に何ができるかを考え、問いかけ、動いていくことだと思っている。政治という仕事に必要とされる硬軟な力の配分はとても難しいことだし、為政の能力が重要だと思う。自分は大阪という街が持つ良さを控え目かもしれないが楽しませるように伝え、そこから連鎖して近隣、他府県との有機的で興味深い関係性を持てるように広めていきたいと思う。それしか自分にはできないと思っている。

投票が終わってこんなふうに思います。
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# by kazeyashiki | 2015-05-18 10:58 | 大坂と大阪 | Comments(0)

  

よく降る雨に人々はあぁ雨まだ降っている…と呟き、地下鉄の出口から乳色の空の下へ踏みだしていく。

飽きずに降るこれだけの雨に桜は濡れ、散り、留まり、耐えて、舞う。

天王寺の歩道橋も、人々行き交う天神橋も、昼間は暗い阪急東通り商店街も、御堂筋もひとしく煙り、カラオケ屋の宣伝兄ちゃんは雨やからちょっとちょっとと客を引き込む。

誰の上にも雨は平らに斜めに降る。四月の長雨はにじり寄るように人間を疲れさせているのかもしれない。

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# by kazeyashiki | 2015-04-15 08:22 | 大坂と大阪 | Comments(0)