机仕事   

今日明日とでどうしても仕上げなければいけないシナリオがある。
4日の金曜日は撮影で松竹京都撮影所へ行く。
その前に脱稿しておきたい。
日曜日までに仕上げればいいとはいうけど、そうはいかぬ。
45分の長尺教材映像の台本には、さまざまな要素が含まれていて難しい。
だがやり甲斐はある。
何度も構成プロットを練り直しているので、頭の中に図面はできている。
だがディテールを書き込むとなると、遠近法のバランス取りが必要だ。
この作業に費やされる時間が結構かかる。

まあ、そういう仕事だといえばその通りではある。
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# by kazeyashiki | 2011-02-02 17:07 | 暮らし | Comments(0)

冬の京都、木屋町三条上ル。   

昨日は京都北区の佛教大学で映像制作の打合せ。
午後4時頃に終わり、北山通りあたりから堀川を下がり、
紫明通りから出雲路橋、そのまま賀茂川に沿って出町柳まで歩いた。
途中、出雲路橋西詰あたりで風景を携帯のカメラで撮影し、
幾人かの友人(石田貴子、金岡哉夫、塩田博、中西克己)に送った。
こんな文章を添えた。

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「京都も北山通りを越すと雪の郷だった。
 灰褐色のカンバスに輪郭のない雪花が舞う。
 鞍馬貴船は人家があるが、
 寺ひとつの雲ケ畑は雪に埋もれていることだろう。
 吹き下りる山風、さすがに寒い。
 出雲路まで下って来た。」

すぐに、塩田氏から返信メール。
那覇にいるという。仕事でプロ野球キャンプ地へ出かけているのだ。
街角の小さな商店の写真が添付されている。
「マジでサムイヨー」の一文。
寒い那覇の街で、京都が舞台の「マザーウォーター」を観たそうだ。
京都からのメール、シンクロニシティだ。

その後、中西克己氏から電話が入る。
僕は出町柳の手前を歩いていた。
氏は、河原町と烏丸の間の御池通りにいるという。
彼が京都にいるのはめずらしいことなので、
「では、寒いので一杯いきますか?」
新京極三条下ルの紀伊國屋書店前で待ち合わせた。

どこへ行こうか……
思案の末に「ふぉあぐら屋」へ向かうが、月曜定休。
店の向いにある本店の「極楽とんぼ」へ。
地下にある店で、オーナーのミアちゃんは旧い友人だけど、初めて入った。

和食中心のメニューで、店の装いは無国籍風(ちょっと南欧風)。
付き出しは「河豚皮と菜っ葉のぬた和え」と「数の子」。
ハートランドビールから日本酒の温燗酒に。
「牡蠣の天麩羅」「〆鯛」「自家製チーズおろし山葵醤油」と、
数あるメニューからfat氏が注文し、お銚子を三本。
冷えた身体がすっかり温まり、おなかの底が微笑みはじめた。

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夕刻から飲りだしたので、表に出ると午後7時前。
洋酒を飲もうと、以前から名前だけは聞いていた酒場へ。
細い路地の奥に隠れるようにその店はあった。
「文久」という。
一本南の筋で営業している花屋「花政」が経営している酒場で、
店の名前は創業の年号。
御一新前が慶応で、その前が元治、
文久は万延との間にはさまれた1861年から1863年までの元号である。
こうした命名の仕方が京都らしい。

7〜8人も座れば……という小さな酒場で、
母屋の離れとして建てられた部屋を店にしている。
中西氏はジントニック、僕はラフロイグを注文する。
やがてマスターに話しかけ、彼が埼玉出身であることを知る。
「まだ京都には馴れていません」と言いつつも、
京女といつかは一緒になりたいという。
常連客がぱらぱらとやって来て、気がつけば4人の客になっていた。

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与太話をしていると、少し離れた席の女性が話に入ってきた。
我々より先達で、女坂の中学・高校に通っていたという。
ご出身は?と聞けば、尼崎立花。
ここで中西氏が「くーーーっ」と腰を浮かせる。
氏にとって「尼のひと」は一種の痛点のような感覚がある。
これまで幾人かの「尼のひと」と接点があり、
その都度、氏は女性の有象無象森羅万象を垣間見てきたようだ。
「ここでも尼かよ」
しかし中西氏は嬉しそうにも見えるのである。

彼女は紅テントが三条の河原で公演したのも観たという。
ここで状況劇場が芝居を打ったのは1968年のことだ。
その後、アングラ文化の話で盛り上がる。
紅、黒テント、西部講堂、白樺、暗黒舞踏、土方巽など、
闇の底で鈍色の輝きを放つ固有名詞が次々飛び出して来る。
女性の連れ合いは、俳優の小林薫と同級生だったとか。
そんな時代もあったね……って感じなのだが、
この埃を浴びたような感触は、東京や大阪では味わえない。
なぜか京都の、あの身勝手な奔放さのなかにしかあり得ない。
僕はそんな風に思うのだった。

二軒とも、中西氏に奢ってもらった。
僕のこの貧困火の車はいったいいつまで続くのだろうか。

京阪電車で天満橋まで戻り、
中西氏が帰る上本町までタクシーに便乗させてもらう。
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# by kazeyashiki | 2011-02-01 10:00 | 京都 | Comments(0)

いとこいさん   

大阪で育った者にとって「いとこいさん」と言えば、すぐに分かる。
漫才コンビ「夢路いとし喜味こいし」である。
この軽妙洒脱なコンビが繰り広げる漫才の舞台は、
漫才にさほど興味のないぼくにとっても、実にオモロかった。
先日、喜味こいしさんが亡くなられた。

夢路いとしさんが旅立たれてからも、
こいしさんは時々テレビに出たり、映画にも出演されていたのだが、
83才、ご冥福を祈りたい。

ぼくはこの大阪漫才のお二人に一度、お会いしたことがある。
まだ小学生の頃だった。
父方の叔父が交友関係の広い人で、
何かの祝宴があって、ぼくは父に連れられて出かけた。
そこにお二人がおられたのである。

「がっちり買いまショウの人や……」
ぼくはすぐに分かった。
「10万円、7万円、5万円、運命の分かれ道!」
というセリフで有名な毎日放送のゲーム番組の司会者だったのだ。
いわゆるTVに出ている芸能人を間近で見た最初だった。
(それまで何度か松竹新喜劇などの舞台には連れて行かれていたが)

いとこいさんは酒席でも紳士的で、
ダミ声のこいしさんも優しい大人だった。
お正月だったのか、お年玉を貰った記憶がある。
この席には、後に大阪府知事になる岸昌さんもいたようで、
その話を後年、父に聞いた。
そして岸さんも、こいしさんが亡くなった二日前に米寿で身罷れた。

「生きている間の名前がニワトリで、死んだら戒名がカシワ」

「鬼瓦といえば、君の奥さん元気か?」
「なんで鬼瓦で思い出すねん」

「その鉛筆、私にもいっぺん舐めさせてもらえんか?」

今日、追悼番組がオンエアされていた。
やはり、オモロイ。

中田ダイマルラケットさんの奇想天外な漫才とは違い、
正統派漫才で、都会的なセンスが京阪神地区の人々にはウケたのだろう。
在りし日の舞台が今でも観られるのは、便利なことだ。

「交通巡査」
http://www.youtube.com/watch?v=0N1snaCNmvY&feature=related
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# by kazeyashiki | 2011-01-28 12:00 | 芸能文化 | Comments(0)

旅の本   

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最新号の『考える人』が紀行文学を特集している。
思わず買ってしまう。
雑誌にしてはそれなりの値段だが、単行本を買う感覚か。
この季刊雑誌はユニクロと新潮社が提携して出しているという。
なかなか魅力ある執筆陣が揃っていて、内容も面白そうだ。
まだぱらぱら読みしただけだ。

雑誌には世界の紀行文学がごまんと紹介されていて、
未読の名著も含まれている。読みそびれている。
いつか手に取りたい本も数多ある。

そうしたなか、紀行文学や紀行文もその記録の年代はそれぞれで、
古いものだと、池澤夏樹氏が語っているように、
ヘロドトスという紀元前5世紀の人物が書いたものから、
最近のものまでさまざまだ。

ちょうど今、北杜夫さんの『南太平洋ひるね旅』を読んでいる。
もう何度も読み返していると思う。特別好きというのではないんだけど。
この旅行記は1961年の南太平洋の旅を書いている。
今から50年前の話である。

当時の南太平洋の諸島、
タヒチ、サモア、フィジーなどに観光に出かける日本人は少なかった。
この50年前という時間がなかなか面白い。

伴野商会という商社が日本と南太平洋諸島との輸出入業を行っていて、
どこの島へ行っても「ばんの」の名前は知れ渡っていたそうだ。
北杜夫氏もこの会社の世話になっている。
この会社はその後、経営が悪化して消滅してしまったようだ。
またニューカレドニアのヌーメアでは筒井さんという人物が登場する。
後に日本総領事になったジョージ筒井氏だ。
南太平洋の島々へは、戦前から多くの日本人が移住移民していたことが分かる。

本ではいろいろと面白い発見がある。
たとえばフィジー言葉で「クアナ・タナ」は「アイ・ラブ・ユー」という意味だが、
文字をそのまま訳すと「あなたを食べない」ということだそうだ。
食人文化の痕跡だという。

タヒチでは、ハイビスカスの花を耳にはさむが、
男性も飾るそうで、左の耳なら独身者で、右なら既婚者。
こうした習慣は今も残っているのだろうか。

有名な『天国にいちばん近い島』(森村桂著)が出たのが1966年。
これも以前読んだ記憶があるが、すっかり忘れてしまっているし、手許に本がない。

寒いとなぜか暖かい地域の本が読みたくなる。
実に単純な人間であるな、わしは。
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# by kazeyashiki | 2011-01-23 13:13 | 世界 | Comments(1)

深夜雑言2011-01-20   

この数日間で10数冊の本を”飛ばし読み”した。
ちっとも身に付かない読み方で、メモだけはしっかり取ったから、
何とか頭に叩き込むことができた。
本来ぼくは本を読むのが遅い。
咀嚼、とまではいわないけれど、感じながら読んだり、
本は手にしているけど、横目になっていたりする。
おそらく小学生頃からそうだった。

10数冊の本は、資料としての本だ。
難しい本ではない。中には絵本も3冊入っている。
好きな山田風太郎もあるし、法然・親鸞についてのものもある。
だから苦痛ではない。
ないのだけれど、資料として読んでいるからツライ。
こうした形で読むのは、電灯がちかちかするような感じ、
眼を悪くしてしまいそうな感覚がある。

〈そこまで考えることなどないよ〉

スーザン・バーレイの『わすれられないおくりもの』と、
キム・フォックスオーカソンの『おじいちゃんがおばけになったわけ』
この2冊の童話のことは今回初めて知った。
ふだん童話はさっぱり読まないが、その分、びっくりする。
物語のもつ世界の奥行きに引きずり込まれてしまう。

〈資料として読んでいるのか、楽しみで読んでいるのか〉

いずれの童話もテーマは〔死〕である。
昨年、一昨年と旧い友人達がこの地球から離脱していった。
そのことが、どこか丘陵地帯に棚引く霞のように見渡せる。
いちばん遠いところにあるのが父の死のように思える。
あの病室での、父の手の感覚はいまも鮮やかに残っている。
そこからはじめた旅のような日々。
その途上に、本当に多くの友が、仲間がいる。

〈いまでも生きているね〉

読んで、考えて、書いて、作業は終わる。
だけどまだこの身は、あの森の切り株の上にあるようだ。
でも、立ち上がらなければならない。
明日はすこし時間が取れるので、長い散歩にでかけよう。
方角は決めている。

〈南だ〉

たぶん、
♪〜両足そろえ 靴ひもむすんで〜♪
なんて歌を口ずさんでいることだろう。
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# by kazeyashiki | 2011-01-20 01:48 | Comments(0)