自己責任とぼく   

ぼくらは安全地帯にいる。
そこから世界を見てものを言う。
言わない人もいる。
他国の無礼な振る舞いに立腹している人もいる。
さまさまな憤懣を、あれこれ対象を見つけて発言する。
同感する人もいれば首をかしげる人もいる。

それが自由だ。
だけど、
選び取ることが大事なんだね。

自己責任をぼくが問うと、
ぼくは自分の無責任さを感じてしまう。
お前は誰だ?と内なる声を聞く。
ひ弱さだ。

それが自分の正体だ。

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# by kazeyashiki | 2018-10-26 15:26 | 世界 | Comments(0)

ダム考   

ダムは自然破壊である、自然体系を変えてしまうと言われますが、治水利水や洪水防御、灌漑、発電などの役割があります。ダム数が多すぎるという意見もありそれは否めないとは思います。そこに利権が絡むといったこともあるでしょう。


しかし、ダムに足を運んでその造形を見ていると、こんな山間地によく造ったなと感じます。


神戸の布引五本松ダムは市民の水がめとして、宇治の天ヶ瀬ダムは瀬田川→宇治川→淀川が氾濫した昭和28年の台風13号の再発を防ぐ目的で建設されました。実際、それ以降洪水を防いだかどうか分かりやすい形で実証されたか、万人の納得するところかどうか分からないのですが、山の中に造られたその姿を目の前にすると、国土の70%が山岳地で海までの距離が短く、雨が多くて急流の川が何本も流れるこの国の大地にダムが造られた理由が分かるように思います。


【上2枚、布引五本松ダム(神戸市)下2枚、天ヶ瀬ダム(宇治市)】

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伐採してもまた樹木が成長するわが国の豊潤な森林形態の自然の中に、無骨なコンクリート製の防水壁は不似合いかもしれない。しかし、歩いてその近くまで行くと、自然という野生の無秩序ともいうべき強い繁殖力を、秩序という人工物でいくらか防ぐことで人間の営みを確保しているように思えます。


台風が来るたびに、ダムが暮らしを守るのか、悪の存在となるのか不安に駆られます。「こんなところにダムなんか造って」とかつて私も言ったことがありました。ダムの機能など知らずに。ダムを見に行き、水没した村落の歴史の物語を知り、歩き回り、誰とも話をせず、来た道を帰ることを幾度かくり返してみて、我がの無知を知ることになりました。無目的に建設されたものなどないという現実。損か得かではなく、役立つか不要かでダムを見なければいけない。場合によっては自然に戻すことも考える余地は作るべきでしょう。そこに人間の知恵と技術が使われる。



巨大なダムを見て美しいと感じるか無骨と感じるかは情緒であると自覚し、その上でダムの話をしたいというのが今の私です。


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# by kazeyashiki | 2018-09-29 11:15 | 世界 | Comments(0)

天狗様の話   

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 母の故郷は福井県美山というところで、現在は福井市に編入されているが、昔は独立した小さな村だった。母から聞いた話で、やはり天狗にまつわるものがあった。

 だいたい天狗話というのは山神としての逸話が多く、深山の地域などでさかんに天狗伝説が語られているが、母の故郷もやはり山の中のことだった。

 話は二つあって、ひとつは母が幼いころに近所の木こりから聞いた話だ。


 木こりたちが山の奥のさらに奥で木を伐りだすために数日間、寝泊りする小屋がある。数人の木こりたちが寝ていると、夜中に急に小屋が揺れ、小屋の中をごろごろと転がるほど揺さぶられるという。「うわぁ、天狗様の揺さぶりや」と木こりたちは身を縮め、揺れが収まるのをひたすら待つ。その間、木こりたちはその日に伐った木のことを思い出し、どの木がこの揺れの原因なのか考えるそうだ。ようやく揺れが収まると、

「お前が伐ったあの木やないか」

「いや、太っといあの北斜面の木やないか」

と言い合い、さっきの揺れが山の神様の逆鱗に触れた木はどれだったかを探るそうだ。

「山の神てどんな姿格好?」

と母が木こりに尋ねたところ、

「赤黒い顔をして、鼻が高く、蓑のような長い着物を着ているが、足元はすっきりとしていて下駄を履いているらしい」

という。まさに天狗様である。

 母は、山に茸や栗を取りに行くとき、それまでは一人でも平気だったのだが、その話を聞いてからは一人で行けなくなったといっていた。


 二つめの話は、母の幼いころからよく知っている近所の女の子の話で、その子の家に名古屋から親類の同い年の男の子とその弟が遊びにきた。

 その子の家は集落から離れた山の中にあって、代々その家は、昔この付近であった合戦で亡くなった武者たちの墓を守る役目がある家系だったそうだ。だから、人里離れた場に家があり、電気も通っていなかったのでランプ生活をしていた。

 名古屋から来た男の兄弟はそんな原始的な生活を喜び、夕食の後に花火をして、花火が尽きると好奇心から、武者の墓のある場所まで行きたいと言い出した。

 懐中電灯はおろか提灯もない。それにその夜は厚い雲が覆っていて星も月も空にいなかった。家の前から離れるとそこはもう一面漆黒の闇である。光源となるものから離れてしまうとまるで見えない。それでも男兄弟は、「真っ暗だぁ、真っ暗だぁ」と喜びの雄叫びをあげた。そして、兄が、

「こんなに真っ暗だと、天狗に鼻をつままれてもわかりゃせんなぁ!」

と、ちょっと小ばかにしたような言い方をした瞬間のことである。弟と女の子は、兄の悲痛な叫び声を聞いた。

「うぎゅ~痛い、痛い、放せ、は、な、せ~」

のたうちまわるような兄の姿が気配でわかる。足をバタバタさせているのもわかる。

「兄ちゃん兄ちゃん!」

弟が叫ぶが、兄の「あーあーあー」という声しか聞こえない。

女の子は手さぐりで兄の体を探した。すると二の腕あたりにごわごわとした感触があった。

後から母が聞いたところでは、

「炭でつくった着物みたいにざらざらとしていて、さわった腕のところは真っ黒になっていた」

と女の子はいったという。

そうこうしているうちに、兄は「ああん」という、まるで高いところから落ちたときに叫ぶ声を出したかと思うと、女の子の足に手を伸ばしてきた。「きゃっ!」いきなりつかまれたので女の子は驚いたが、「ぼくだよぼくだよ」と泣きそうな声の主が兄なので安心して、「どうしたんや?」と闇の中で聞くと、「はやく家に帰りたい帰りたい」と泣き出したという。


 三人手をつないで家の方向に歩きだし、ようやくぼんやりと灯りがともる家を見つけ、囲炉裏端にいる親のところまで来たら、兄の鼻が真っ赤になってすこし腫れていたそうだ。

「天狗に鼻をつままれた」

兄はそう説明したが、女の子の親は、

「天狗様か、武者様か、わからんの」

という。

 墓に眠る武者が、元気な男の子を見てちょっかいを出したのかもしれないと女の子の祖父は語ったという。

 夏休みが明けて、女の子からその話を聞いた母は、

「それは天狗様に決まってる」と言ったそうだ。

根拠はわからないが、母なりに天狗に何か思い入れか、底知れぬ恐怖心を抱いていたのかもしれない。


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# by kazeyashiki | 2018-08-10 12:42 | 物語 | Comments(0)

峠の畑   

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叔母から聞いた話なのだが。

昭和37年頃のこと、大阪本町に本社を置く中堅の商事会社の28歳と36歳の男性社員が、打合せのため新潟へ行くことになった。商材を社用車のトヨタ・パブリカに積んで、会社を出たのは午前7時のことだった。

当時は阪神高速はおろか名神高速道路も開通していない時代。翌年7月にようやく尼崎と栗東間が開通するのだが。

2人は国道を東に向かって走り、尾張名古屋に到着した。現在なら北陸自動車道があるから米原付近で北上する。しかし当時は地道しかなかった。それに2人の男は山が好きで、会社の仲間と日本アルプスのいくつかの山々に登っていた。

「長野を抜けて新潟に行くか」

そんなことを言い合って名古屋から木曽路に入った。

季節は晩秋、色づき始めた山々を眺めながらパブリカは軽快に走っていく。

山あいの道を登りきると台地のようになった塩尻の町に着いた。2人はドライブインで親子丼とうどんを食べた。

「いよいよだな」

それは、2人がいとおしむ北アルプスの山容が車窓から眺められるという愉しみの気持ちを表す言葉だった。

どの経路を通って新潟県へ向かったのか詳細は分からない。松本から安曇野へ抜けていくとすれば、左手に北アルプスの連峰が眺められるはずである。2人はかつて登った山々、まだ足を踏み入れたことのない山々の話をしながら車を走らせていった。そして、安曇野を超えて千曲から長野市へ抜け、そこから目的地である新潟を目指した。国道でいくなら飯山から、現在北陸新幹線が走っている新井市(現妙高市)を抜け直江津に抜けるのが最短ルートであろう。しかし2人は、思いのほか順調に走ってきたので、ふと横道に進んでみようということになった。

「先輩、野沢温泉でひとっ風呂浴びますか?」

そんな冗談を言いながら、車は山道を登っていく。

「おお、いいね」

開け放たれた窓の外は錦秋である。

長野市でガソリンは満タンにしてきたし、まだ日暮れまでには時間がある。進んでいくと舗装道路から地道の細い道へと変わっていった。

「狭くなってきよりましたなあ」

「大丈夫や。この道はまもなく峠を越える。そしたら、小さな町があるみたいや」

先輩の男は道路地図を見ながら言う。

しかし、道は緩やかな傾斜が続き、パブリカは粘り強く坂道を登っていく。

秋の日はつるべ落とし。光が橙色に変わってきた。しかし道はまだ登っている。

「峠に出ませんなぁ」

「うーん。しかし、畑もあることだし、もうすぐ町か村に出るやろ。道を聞いてみるわ」

道の周囲には野菜畑が広がっていて、茄子やさやえんどう、瓜などが実っている様子が見える。

「百姓が仕事しておらんかな」

先輩は見渡すが誰もいない。

「ま、そのうち出会うでしょ」

運転する後輩が笑う。

しばらく走ったが、やはり道は上っている。緩やかな坂道のままである。

「あの切り通しを超えたら峠の頂上かもしれんな」

先輩が前方を見て言った時だった。後輩が大きな声を上げた。

「せ、先輩、ガソリンがありません!」

「さっき、長野で満タンにしたばっかりやんか」

「でも見てください、メーターがエンプティーのすぐ上まできてます!」

先輩がのぞき込むと確かにガソリンの量を示す針は下のほうへさがっている。

「そんなに走ったか?」

「いえ、まだ2時間くらいです」

「そうやんなぁ。メーターがおかしなったん違うか?」

そう言った瞬間、車はぷすぷすと音を立てて停車してしまった。

「なんや、止まってしもたがな」

先輩はそういうとドアを開けて外に出た。後輩も降りてきて、ガソリンがどこからか漏れていないか車の下を覗き込んだりした。だんだん日が傾いてきてはいるが、周囲の風景は見えた。あいかわらず野菜の畑が広がっていて、茄子やえんどう、瓜が秋の夕風に揺れている。

「お、きゅうりがあるぞ」

先輩が畑に下りていき、きゅうりを手に取った。

「おい、見てみろこのきゅうり。巨大なきゅうりだぞ」

先輩が手にしたきゅうりはふつうの2倍、いやそれ以上の大きな大きなきゅうりだった。

「こんなきゅうり、見たことないな。取り忘れて、そのままでこうなってしもたんかな」

と、もぎ取った。

「先輩、勝手に取ったりなんかしたらあきまへんやん。お百姓さんに怒られまっせ~」

「一本くらいええやろ。見つかったら金を払うがな」

と大笑いして先輩はきゅうりに齧りついた。

「うまいわ、みずみずしいでこのきゅうり。わし、きゅうり大好物やねん」

「先輩、ぼく、あの峠の向こうにある村までちょっと歩いて行ってきますわ。ガソリン、ちょっと分けてもらえるかもしれんし」

「おお、わしはここで待ってるわ。車が通りすぎたら止めるわ」

そういうことになり、後輩の男は坂道を峠の方向へ歩き始めた。

先輩は車のボンネットにもたれてきゅうりを食べ続けた。それにしてもおいしいきゅうりである。育ちすぎたきゅうりは大味でおいしくないのがふつうだが、そのきゅうりは水気をたっぷりと含んでいて、歯ごたえもよく、甘みもあってどこかなつかしい味がした。

周囲はだんだんと闇の量が増えてきて、切り通しから差し込む夕陽が畑を照らしている程度になり、風も冷たくなってきた。きゅうりを食べ終えた先輩は、ふと風の中に、風の音とはちがう別の音を聞いた。

ヒューロロヒューロ ヒューロロヒューロ……

「なんの音かな?」

先輩は空の上のほうを見上げたが、音の正体はわからない。すると、急にあたりの木々からカラスが一斉に飛び立つのが見えた。先輩はカラスの鳴き声にブルッと体を震わせた。そんなにたくさんのカラスが林の中にひそんでいるとは思ってもいなかったからだ。

「びっくりさせやがるで」

とひとり言をついてた先輩の耳に、今度は、

「んーーーーーーんーーーーー」

という低く長くつづく唸り声のようなものが届いてきた。しかもその唸り声は、一方の方向でなく、先輩のまわり全体から聞こえてくる。「んーーーーー」という声が先輩を中心軸にしてぐるぐると回転しているのだ。

「なんやなんや?」先輩はその変な唸り声に身をすくめたが、鳴りやみそうにない。

「んーーーーーんーーーーーんーーーーー」

先輩はすこし怖くなって、車の中へ入ろうとドアを開けようとしたとき、ふと見上げるとそこに、人間の背丈の倍以上もある黒いマント姿の大男が立っているのを見た。いや、立っているのではなかった。宙に浮かんでいるのだった。車の真上30センチくらいのところに大きな男がマントを広げて浮かんでいる。手には大きな鳥の羽のようなものを持ち、マントはひらひらと揺れ、そして、顔を見ると頭に木の枝や木の葉で作った鳥の巣のようなものをつけている。さらに、鼻がやたらと高くてとんがっていて、焼け焦げた木片のような形だった。

「うわぁ!」

先輩はドアに手をかけたままのけぞった。

するとその大男は先輩の顔の真ん前までグイッと寄ってきて、

「盗んだな」

と不思議な匂いのする息を吹きかけて言った。

先輩は身動きできなくなり、歯を食いしばっていると、大男はまた、

「盗んだな」

と言う。

先輩はなんのことだかわからず、大男の息の匂いが、昔かいだロウソクの匂いに似ていると思った。村の端にあった誰もいないお寺に夏休みの午後に遊びにいったとき、まだ少年だった先輩は、誰もないはずの閉め切った寺の本堂で、10本以上のロウソクがゆらゆらと火をともしているのに遭遇したのだった。誰がともしたともわからないロウソクからは、麦を焦がしたときのような匂いがしていた。25年以上も前、昭和15年の夏の体験を思い出がよみがえったのである。

だが、そんな記憶の感傷にひたってはおられなかった。先輩はいきなり頭をこん棒で殴られたような衝撃を受けた。

「盗っ人にはこれじゃ!」

という声とともに。

そして車の横に、飛び上がるような恰好で先輩は倒れたのだった。なぜ飛び上がるように倒れたのがわかったのかというと、峠方向から少量のガソリンを入れた缶をぶらさげた後輩が、その様子を見ていたからだった。

「せんぱ~い!」

後輩は坂道を駆け下りて、車の横に倒れている先輩に駆け寄った。

「ううう……」

先頭部を押さえて先輩は目が3本の細い小枝になったような表情で痛がっていた。

「大丈夫ですか先輩!急に倒れて、どないなってますのん?!」

ようやく後輩の存在に気がついたのか、先輩は目を開けた。

「あーあーあー」

と車の上のほうを指さす。後輩が見ると、何もない。

しかし先輩は、

「あーあーあー」

と叫んで宙を指さす。

「なんですのんなんですのん?」

「て、て、て、てんぐや。天狗が出た!」

そう叫ぶと先輩は気を失ってしまった。

驚いた後輩は、先輩を抱え上げて車の後ろ座席に引きずりこんだ。そして、ガソリンをタンクに入れ、エンジンをかけるとパブリカはブルルンと震えて動くようになった。あたりはもうすっかり闇が舞い降りてきていて、ヘッドライトをつけた車は峠方向に走り出す。

「いったい、なにがあったんです先輩?」

声をかけても先輩はまだ夢魔の世界に沈没したままだ。峠を超えていく車。その姿を、高い木の上から、あの天狗と呼ばれた大男が見つめていた。

小さな村に到着した車は、軒先で片づけをしている農夫を見つけた。

「すんまへん、水を一杯いただけますか?」

後輩がいうと、農夫は「ああ」とひと言。井戸でタオルを濡らし、まだ起きない先輩の額に当てると、「うううん」と声を出して目を覚ました。

その姿を見ていた農夫が笑いながら、

「もしかして上の畑で天狗様にでも会った顔をしているな」

すると先輩が、

「天狗や天狗が出た!」

と大きな声をあげる。後輩が不思議に思って農夫に聞くと、

「あそこにあるのは天狗様の畑じゃ。そこでお前さん、野菜を盗んだな?」

と笑いながら言う。後輩が先輩の顔を見ると、

「うんうんうん」

とうなづいている。

「日が暮れかけたらわしらもあの道は通らん。あそこは天狗様の細道じゃ。連れていかれなかっただけよかったと思うべし」

と呵々と笑った。

 その夜、2人は農夫の家に泊めてもらった。次の町までのガソリンもなかった。

 囲炉裏端で夕食がふるまわれたが、先輩はきゅうりの漬物には断固として手を付けなかった。それどころか、以来ずっと先輩はきゅうりが食べられなくなった。後輩は気にせず、きゅうりが好きだ。

 とここまで喋って、叔母は「話はこんだけ」と不機嫌そうな声を出した。


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# by kazeyashiki | 2018-08-09 15:47 | 物語 | Comments(0)

サマータイム、どうなんでしょう?   

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サマータイム、基本的にぼくは賛成だ。

通常、7月~8月に1時間、時計を前倒しにすることで、

明るいうちに仕事を始め、まだ明るいうちに仕事を終えるという、

企業の就業時間に合わせた制度がその主体になるのだろうけど、

それにより製造や物流、交通や飲食関係などさまざまな業界に影響が出るだろう。

もちろん弊害もあることは承知している。トラブルが起こることも予想される。

しかし、標準時が絶対永遠のものではなく、

利点に合わせて変動するものであってもいいと思うからだ。


今回、安倍政権は2019年の試験運用をおいて、

2020年の2年間だけ68月のサマータイム制導入を考えているという発表があり、

標準時を2時間繰り上げにする案が提案されている。

東京五輪を睨んでのことだといわれているが、

2年間の限定ではなくこれからも続けていくべきではないかと思う。

国民が睡眠不足に陥る、交通事故が増加する、高齢者が戸惑う、

エンジニアが激務になるといった悪い影響が叫ばれているが、

試みることの可能性を見てもいいのではないだろうか。


現在の大阪の夜明けは午前5時過ぎである。

会社始業時間は8時半か9時。2時間繰り上げると、現時間の6時半か7時となる。

晴れの日であれば6時半に太陽はかなりの高さまで昇っている。

そして、終業時間が5時半か6時だとすれば、現時間の7時半か8時が繰り上げられる。

明るいうちに仕事をして、明るいうちに退社する。電力等々の節約になるわけだ。


ただ、ぼくの考えはまだ浅いのだろうと思う。

それほどデータなどを精読したわけでもなく、

諸外国での見聞を聞いただけで実体験としてのサマータイムはない。

だが、ずいぶん前からこの制度導入は、

「やればいいのに」と思っていただけの感覚理解、印象理解の域である。

逃げ口上ではなくね。

だから、弊害と利点を教えてもらいたいと思っている。

今回の政府の提案を機会に、

サマータイム制度について議論が繰り広げられてくれればと思う。


農家は夜明け前から仕事が始まる。

漁業の場合は変則的だ。

夜明けから日の暮れまで働くことに価値観を少し変容させるのもいいではないかと思う。



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# by kazeyashiki | 2018-08-07 15:47 | 暮らし | Comments(0)