津波〜吉村昭さんの本より   

吉村昭著『三陸海岸大津波』という本が、中公もしくは文春文庫から出ている。

ここには明治29年の津波、昭和8年の津波、そして昭和35年のチリ地震による津波の記録が、この地域の人々の声によって再現されているルポルタージュだ。この本から学ぶことは多い。そしてこのたびの大地震及び津波の被害との共通項を見出すことができる。

津波の難から逃れた人々の証言を読むと、このたびの津波に遭遇した人が語っているのではないかと錯覚をおぼえるほどだ。

〔「津波だあ!」/という鋭い叫び声がした。/私は、母の手をとって逃げ出したが、波に追われてとうとう母と一緒に海中にまきこまれてしまった。/しっかりと握っていた母の手も荒波のため離れてしまい、必死の力をふりしぼって波に乗って泳いだが、材木などが浮かんでいるので危険でならない。波の中にもぐりこみ、遮二無二泳ぎ廻るうち、大きな屋根のようなものの下になってしまった。/根かぎりその屋根のようなものを破ろうとしてひっかきまわしたが、一向に破れない。そのうちに、スクリューに手がさわった。屋根だと思っていたのはあやまりで、自分の体が船の下になっていることに気づき、浮かび上がろうともがいたが、どうしても駄目だ。/だんだん呼吸が苦しくなってきた。死ぬ、と観念した時、三度目の大波が来てその勢いで船の下からぬけ出すことができ、岸に打ち上げられた。〕

明治時代は「津波」ではなく「海嘯(かいしょう)あるいは(つなみ)」と言われていた。海がうそぶく…という表現。だが、現地ではこの大波のことを「よだ」と呼んでいた。

〔祖父が「ヨダ(津波)だ!」と、叫んだ。/中村少年は、家人とともに裏手の窓からとび出すと、山の傾斜を夢中になって駈け上がった。〕

〔死体が、至る所にころがっていた。引きちぎられた死体、泥土の中に逆さまに上半身を没し両足を突き出している死体、破壊された家屋の材木や岩石に押しつぶされた死体、そして、波打ち際には、腹をさらけ出した大魚の群のように裸身となった死体が一列になって横たわっていた。〕

津波に関しては、昭和33年7月にアラスカのリツヤ湾を襲った津波は500メートルの高さに達したという。また日本では、明治8年4月24日に石垣島を襲った津波の高さは85メートルで、島民17,000名のうち、8,500名が亡くなったという。

このたび三陸海岸に押し寄せた津波の高さは、まだ正確な数値が出ていないが、相当な高さに達していたものと思われる。

この本に書かれたことを読むことで、現地のことを知り、状況が少しでも良くなることを願うものである。

by kazeyashiki | 2011-03-18 09:31 | 世界 | Comments(0)

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