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ぷよねこさんへのコメント   

日本人の資質としての理知性と感情性が、環境の貧しさと豊かさのなかで発露するという説は、実に卓越した指摘であるように思う。
貧しさのなかで努力する。豊かさを手に入れると安堵して気がゆるむ、これは自分のささやかな日常を顧みても同感すべき点です。しかしそれも状況によっては大きな問題となる。戦時や、このたびの地震による原子力発電所の事故という大惨事であれば、この日本人の資質が強く問われる。
明治時代の日清日露の戦争では合理的な戦略が生きていた。それは『坂の上の雲』などに描かれている通りである。だが、昭和になり一部の参謀によって引き起こされた戦術は明らかに感情的で、知性よりも功名心、「幕末の志士気どり(司馬遼太郎)」によるものだった。ノモンハン事変もその一例であろう。
ノモンハン事変において死傷者が七割を越えるという事態は、世界戦史にもまれな敗北であるとこれも司馬が書いている。ここには無論、「兵站を軽視」も含まれている。
統治能力が失われてしまうということは、ノモンハンを繰り返し、旧弊なる前近代的装備でアメリカ相手に戦争を始める理屈と変わらない。
今の政府や東電の様相、専門家と呼ばれる学者たちの言葉を聞いていて同じ感触を得ていることが漠然とした不安に思えるのは、まさに「既視感」に由来するものであり、もしかしたら「遺伝子的な記憶の引き出し」を我々が持っているからではないかと思えて仕方がない。(コメントはここまで)

(ここからは自分なりに思うこと)

兵站については、演劇の、役者と裏方という捉え方をした学者がいたように思う。つまり、兵士を万全にするための舞台制作の重要性という意味だ。ロジスティックスということに関して以前、某輸送機メーカーの映像を制作した時にすこし勉強したことがあった。「戦争のプロフェッショナルは兵站を重要視し、アマチュアは戦術戦略に夢中になる」という言葉があった。

ところで先頃自衛隊が出動させた戦車、原発周辺の瓦礫を取り除く目的だったが、これは74式戦車で、以前、番組取材で乗せてもらったことがある。戦車は放射線防護能力に優れている。その名の通り1974年に生産が開始された(正確には翌年)が、今もなお主力戦車だ。その後の活動についてどこも報道していないのが残念である。

自衛隊は本当によくがんばっている。自衛隊には兵器を装備しているが、攻撃することより人命を救助することの方が圧倒的に多いことはあまり語られることがない。殺傷より救助なのである。このことは国民として誇りに思っていい。

by kazeyashiki | 2011-03-28 10:12 | 世界 | Comments(2)

Commented by ぷよねこ at 2011-03-29 12:26 x
exblogにいたんだね。
このブログは既製のデザイン?
それとも表紙の写真は入れ替えることが出来るの?
Commented by kazeyashiki at 2011-03-29 12:39
写真は既成のデザインです。
越前は好きなので、そのままにしています。
入れ替えること、分かりません。探ってみます。

ここは自分自身のためのメモのような感じです。
だけど、コメントはうれしいね。

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