天神橋から   

天神橋はいつもよく渡る橋だ。
谷町から対角線上に歩いて天神橋商店街へ行くとき、必ずここを通る。
この橋が頻繁に登場する小説に、高田郁さんの『銀二貫』がある。

〈和助は苦笑しながら、指したゆびを天神橋から真っ直ぐ北向きに戻す。
「ここを真っ直ぐ抜けたところに天満天神社があるんや。地元の人間は『天満の天神さん』いうて気安うに呼ばしてもろてる。この天神橋は今でこそ公儀橋やけんど、もとはあの天満宮が管理してはったんやで。せやから天神さんの橋で、『天神橋』なんや」〉(高田郁著『銀二貫』/幻冬舎文庫)

この小説では、橋は太鼓橋だと書かれている。
今は、どこにでもある鉄橋だ。

〈現在の天神橋〉
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だが、大阪城天守閣特別事業委員会発行の『古写真は語る おおさか 水辺の風景』という写真集には、木橋時代の天神橋の情景写真が載っている。

〈木橋時代の天神橋〉
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「浪華三大橋の一つである天神橋は、明治18年(1885)の洪水による流失を機に木橋から鉄橋になったが、この写真はそれ以前に撮影されたもの。手前は明治初年から就航した外輪船。」というキャプションが付いている。

そして次の写真が、鉄橋が建設されはじめた頃のものだ。

〈天神橋架橋工事〉
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橋の後ろに見える黒いビルは、大林組本社ビルだという。

天神橋から河口に下がると、有名な「中之島の蛸の松」がある。
江戸時代から屈指の銘木といわれ、慶長年間(1596〜1615)、当時の広島藩主であった福島正則が植えたという言い伝えがある。

〈中之島の蛸の松〉
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堂島川のほとりの田蓑橋と玉江橋の間にあり、松の右側は久留米藩の蔵屋敷、左側が広島藩の蔵屋敷だ。枝振りが泳ぐ蛸の姿に似ていることからこの名が付いたようで、現在は、田蓑橋北詰に復活しているそうだが、今度出かけてみたい。

同写真集の別シリーズに『古写真 なにわの風景』というものがあり、そこには明治時代の曾根崎新地本通りの写真が掲載されていて、興味深い。

〈曾根崎新地本通り〉
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色街の風情が漂う、いい写真だ。

by kazeyashiki | 2011-10-03 09:00 | 記憶 | Comments(0)

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