『古都再見』   



a0193496_15342674.jpg
 昭和36年に河出書房新社から刊行された一冊、
『古都再見』をネットで手に入れる。1000円だった。

 古都京都の各所を様々な人達が書いている。

 巻頭は吉井勇である。
以下、知っている名前だけを書きだすと、
松田道雄、末川博、依田義賢、千宗室、吉川幸次郎、渋谷天外、奈良本辰也、
湯川秀樹、毛利菊枝、林屋辰三郎、池坊専永、田中美知太郎、小川環樹と
錚々たる執筆者がそれぞれ京都の地について書いている。
読み応えのある本だ。

 この本を教えてくれたのは、
浄福寺通で「ととや」というちりめん山椒屋を営む女性からで、
彼女の姿がこの本に載っているという。
「上七軒」の項を見ると、モノクロ写真で可愛い芸妓さんが写っている。
それが彼女だ。
昭和35年、女性は上七軒で芸妓をやっていて、
たまたま依頼されて被写体になったという。

a0193496_15353863.jpg

 その後少しして彼女は客で来ていた男性に求婚され、
上七軒期待の芸妓はあっけなく嫁になってしまった。
そのことで「いろいろ文句を言われましてなあ」と笑う。

 湯川秀樹さんは「大仏殿石垣」という稿を寄せている。
国立博物館から豊国神社、方広寺界隈を、若き物理学者はよく歩いたという。
秀吉の死後に再建された方広寺の鐘を巡り、ひと騒動あったことを湯川は
「彼(秀吉のこと)の気質は大多数の京都人とは、およそ反対のように思われる」
と書き、大仏殿のあったあたりがさびれてしまっているのは、
この気質の違いではないかと書いている。

 今、この地区を歩くと、住宅が無秩序に建ち並んでいる。
湯川も、昭和35年頃に歩いていて、
「いくつもの楽しい家庭生活がそこで営まれていることを喜びたいと思う」
と書いている。
”もはや戦後ではない”といわれた昭和31年から数年後の日本。
この物理学者にとって平穏な暮らしの営みは貴重なことだったのだろう。
そういえば、最近湯川の戦時中の日記が発見された報道があった。
広島長崎に投下された原爆についての記述があったと聞いている。
だが、新聞社の問いかけに氏は沈黙を守ったと。

 半世紀前の京都の風土、風景、精神文化を知るにいい一冊である。

a0193496_15350008.jpg

[PR]

by kazeyashiki | 2017-11-28 15:45 | 京都 | Comments(0)

<< ホスウ 京歩き晩秋篇 >>