カテゴリ:世界( 63 )   

自己責任とぼく   

ぼくらは安全地帯にいる。
そこから世界を見てものを言う。
言わない人もいる。
他国の無礼な振る舞いに立腹している人もいる。
さまさまな憤懣を、あれこれ対象を見つけて発言する。
同感する人もいれば首をかしげる人もいる。

それが自由だ。
だけど、
選び取ることが大事なんだね。

自己責任をぼくが問うと、
ぼくは自分の無責任さを感じてしまう。
お前は誰だ?と内なる声を聞く。
ひ弱さだ。

それが自分の正体だ。

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by kazeyashiki | 2018-10-26 15:26 | 世界 | Comments(0)

ダム考   

ダムは自然破壊である、自然体系を変えてしまうと言われますが、治水利水や洪水防御、灌漑、発電などの役割があります。ダム数が多すぎるという意見もありそれは否めないとは思います。そこに利権が絡むといったこともあるでしょう。


しかし、ダムに足を運んでその造形を見ていると、こんな山間地によく造ったなと感じます。


神戸の布引五本松ダムは市民の水がめとして、宇治の天ヶ瀬ダムは瀬田川→宇治川→淀川が氾濫した昭和28年の台風13号の再発を防ぐ目的で建設されました。実際、それ以降洪水を防いだかどうか分かりやすい形で実証されたか、万人の納得するところかどうか分からないのですが、山の中に造られたその姿を目の前にすると、国土の70%が山岳地で海までの距離が短く、雨が多くて急流の川が何本も流れるこの国の大地にダムが造られた理由が分かるように思います。


【上2枚、布引五本松ダム(神戸市)下2枚、天ヶ瀬ダム(宇治市)】

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伐採してもまた樹木が成長するわが国の豊潤な森林形態の自然の中に、無骨なコンクリート製の防水壁は不似合いかもしれない。しかし、歩いてその近くまで行くと、自然という野生の無秩序ともいうべき強い繁殖力を、秩序という人工物でいくらか防ぐことで人間の営みを確保しているように思えます。


台風が来るたびに、ダムが暮らしを守るのか、悪の存在となるのか不安に駆られます。「こんなところにダムなんか造って」とかつて私も言ったことがありました。ダムの機能など知らずに。ダムを見に行き、水没した村落の歴史の物語を知り、歩き回り、誰とも話をせず、来た道を帰ることを幾度かくり返してみて、我がの無知を知ることになりました。無目的に建設されたものなどないという現実。損か得かではなく、役立つか不要かでダムを見なければいけない。場合によっては自然に戻すことも考える余地は作るべきでしょう。そこに人間の知恵と技術が使われる。



巨大なダムを見て美しいと感じるか無骨と感じるかは情緒であると自覚し、その上でダムの話をしたいというのが今の私です。


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by kazeyashiki | 2018-09-29 11:15 | 世界 | Comments(0)

昔の「詩に関する」事件簿   

図書館で、昭和31年11月の毎日新聞を読んでいたら、面白い記事を見つけた。

そのまま写す。


(大見出し)「寿屋の広告」問題に 

(サブタイトル)朔太郎の詩を無断で使う 

(本文)「昭和十七年に故人となった詩人萩原朔太郎の詩「旅上」を洋酒の寿屋=本社大阪北区堂島浜通二丁目=が遺族に無断でトリスウイスキーの広告文に使ったということで、十五日故萩原氏の長女、国学院大学文学部四年生萩原葉子さん=世田谷区世田谷二の○○○○=が日本著作権協議会=千代田区日比谷公園内=に提訴した。

問題の“旅上”は、

ふらんすへ行きたしと思へども

ふらんすはあまりに遠し

せめては新しき背広をきて

きままなる旅にいでてみん

という書出しからの四節である。寿屋では三節目の「せめては新しき背広をきて」を「せめてはトリスなど持ちて」とあらため新聞広告に使ったものである。(後略)」


もしかして、この時代なら開高健さんや山口瞳さんが寿屋(現サントリー)の広告部にいて、コピーライトを量産していた時代ではないのだろうか。開高さんの方が先輩で、山口さんはちょっと後の時期だったように思う。


いずれにしても、大学生だった長女の葉子さんが抗議し、寿屋はすぐさま非を認めたというのが顛末だが、どうも和解したとは思えない。著作権協議会の仲介によって事態は収まったのだろうか?葉子さんのコメントはこのようなものだ。


(見出し)詩の精神が損なわれた 

萩原葉子さんの話「著作権の侵害という問題よりも父の詩の精神があんなふうにそこなわれたということが不愉快です。寿屋で五万円持ってあやまりにきましたが、お返ししました。」


寿屋常務平井鮮一氏の話「まったくこちらの手落ちで遺族の方に申しわけありません。誠意をもって解決をはかりたい。」


この記事のなかでの驚きの第一は、萩原葉子さんが国学院大学の四年生という点である。当時の年齢は、1920年生まれだから36歳くらいであろうか。すでに長男の朔美さんは10歳のはず。


萩原葉子さんの小説 『蕁麻の家』『閉ざされた庭』『輪廻の暦』の三部作が好きで、2005年に84歳で亡くなられたときは、前年に亡くした私の父親と同じくらいショックを受けた。


記事には驚くべきこと第二点目は、萩原さんの住所が明記されている点だ(本文では○にしました)。当時はこれが普通だったのだろうか。犯罪者でもなく、むしろ被害者である人物の住所が堂々と書かれているというのは、個人情報保護がコテコテに塗り固められている現代から見れば驚きである。


さらに、細かい点として寿屋常務のコメントで「手落ち」という言葉が使われているが、現代において、会話では時折出てくるが、文章にこの言葉が出てくることはない。別段、差別を助長する言葉だと思えないが、新聞記事に使われなかったり、役所などの文書、口頭でも、人間身体の部位を比喩にしたり、形容したりすることはない。


葉子さんが「寿屋で五万円持ってあやまりにきましたが、お返ししました。」というコメントの「寿屋で」と「で」を使っているあたりが、リアリティのある文章(写実的)だし、「五万円持って」と金額が語られているのもなぜか新鮮だ。今の新聞では決してこうは書かない。



別の用件で図書館に出掛けたのだが、古い新聞を見るのは習慣になってしまっている。調べものより、新聞を眺めている方が時間が長かったりする。


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by kazeyashiki | 2017-09-25 22:46 | 世界 | Comments(0)

義父の死   

「あんた、何しているんや?」

棺の中で眠る男に、同年配の女が語りかける。

葬儀場の祭壇の前、顔の部分だけ開かれた棺を覗き込み、

口をハンカチで押さえて見つめている。

おそらく中学校か高校時代の同級生の女性だろう。

眠っているのは私の義父だ。

まさに、「あんた、何しているんや?」

というセリフがふさわしい、いきなりの終焉だった。

不慮の事故と勘違いした人もいるくらいに、

義父はあっけなくあちらの世界へ旅立ってしまった。

75歳。しかし、貌はその年齢に見えない。

ゴルフ焼けした皮膚は艶がある。

つい先月までグリーンの上を歩き回っていたのだから。

だが、もう義父はスイングができない。


義父がかけようとしたスマホを落とすという、

ふつう考えられない症状になったのは、つい20日ほど前のことだった。

「スマホも、クルマの手すりも、持とうと思っているのに持たれへんねん」

腰痛を訴え、自分の手が意のままにならない症状を感じすぐに病院に出掛けた。

ただちに入院。

腎機能がいちじるしく低下していた。

意識の低下、反応が鈍い。

そんなことを聞いて、見舞いに出掛けた。

嫁婿が見舞いに来たからか、元気な素振りをして看護師や栄養士を笑わせていた。

私は少し安心して、退院後の小旅行を提案した。


しかし、その後の経過は芳しくなかった。

ちょうど私の年齢の頃に心筋梗塞を起こし、心臓の機能が通常より良くなかった。

結果としてそれが原因で容態は急変した。

心臓は身体の配電盤である。

身体全体の血流を支配し、制御している。

そこが傷むということは、司令塔のないチームみたいなものだ。


6月15日早朝、義父はあわただしく旅支度をして、

向こうの世界行きの列車に乗ってしまった。


通夜には多くの人達が参集し、貌を覗きこんで語りかけていた。

私はそのすぐ横の、親族と書かれたいちばん前の席に座っていたから、

語りかける言葉が聴こえたのだった。

「〇〇ちゃん、早すぎるで」

年配の、「じゃりン子チエ」の花井先生のような男が顔を近づけて言う。

「どういうことなんや?10年早いやろ」

着替える間もなくやって来た作業服の男がため息をつく。

「なんでなんでなんで」

二人連れの、おそらくゴルフ仲間だろう、健康そうに日焼けした女たちが言う。


死にはさまざまな形がある。

唐突な死、長患いの死、長寿のまっとうする死……もっとあるだろう。

だが、死という分母は等しく同じだ。

どこかで読んだことだが、

「花が散るのは往生、実がなるのが成仏」だとすれば、

義父は実になったということか。


告別の朝、空は美しく澄み渡り、日差しは明るく、風が気持ちよい。

「こんな日は葬式よりゴルフやろ」

「ま、こんなに晴れたんは、おれの徳のせいやな」

そんなことを義父は言うだろうと集まった人たちは言い合った。


“無色無受想行識無眼耳鼻舌身意無色声香味触法”


さようなら、お義父さん。


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by kazeyashiki | 2017-06-17 19:10 | 世界 | Comments(2)

ジョン、あなたの国は今……   

空の彼方から、どんなふうに見ているんだろう。
そのままなら76歳だね。
マインドゲーム以降、もうあなたは英国には興味ない?
でも、Yokoさんは心痛めているだろう。
あなただって、それなら揺れるんじゃないか。
世界はあれこれつべこべ言いつづけて、
いつまでたってもchangeしないよ。
たぶんあなたのいた1980年のNYCのままで、
今ここに来たらあなたは呆れてしまうだろう。
ディランは新しい歌をうたっているよ。
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by kazeyashiki | 2016-06-17 21:36 | 世界 | Comments(2)

林檎の種子   

 寺山修司の「書を捨てよ 町へ出よう』という映画を見たのはいつだったか。一乗寺の京一会館であったと思う。この映画に「もしも世界の終わりが明日だとしても、ぼくは林檎の種子をまくだろう」という言葉が引用され字幕で表記されていた。なんだかキザな言い方だなとその時は思ったものだが、今またこの言葉を頭の中でくりかえすと、こういうことを言う人も、映画の中で表す人も少なくなってきているのではないかと思う。

 いや、上映されている数多くの映画の中で、ふとした瞬間に、何か本質を突いているセリフが語られることはあるだろう。演劇や絵画、音楽をはじめ表現の世界においてもそれは同じだろう。だが、それらの言葉が取り上げられ、独り歩きしていくことが少ない気がする。本質を突くというのはぼくの主観的な解釈でしかないけれど、これだけネットが蔓延し、語られる言葉が膨大にふくれあがっているというのに、心を打つ言葉が見当たらない。どこか即物的で実利的で、現物支給の言葉のような気がする。現物支給は実用的でいいのかもしれないが、あまりに便利だとこれでいいのか?と疑問を覚えてしまう。

 「もしも世界の終わりが明日だとしても、ぼくは林檎の種子をまく」だろうか?と自問してみる。林檎の種子はどこで手に入れるのですか?ということを言う者もいるだろう。同時に、明日世界が終わる根拠が知りたいと質問する者もいる。どこに植えるのか?その時、空の色はどんな色?すでに地球のどこかは壊れ始めているのですか?助かる方法はないのだろうか?Q&Aのように質問が飛び交う。質問することにためらいがないのは構わないけど、考える前に尋ねることに僕自身も馴れている。当然、答えは用意されているだろうという甘えがあると思わざるを得ない。これって、やはり問題なんではないか。

 「読み、書き、考える」という言い方が学問の基本を成すものなら、そこに「問う」を加える必要があると言ったのは、S先生だった。問いかけることでグラウンドが広がると。しかし、僕は「読み、書き、問う」になっている自分を発見する。つまり、「考えていない」。情報過多は言い訳にならないと自戒した上で、なぜ「考えない」のかを考える。早く答えを知りたいからか。そんな性急さが必要なんだろうか。

 ふと思い出したが、寺山修司は飼っている亀に「質問」と「答え」という名前をつけていたそうだ。この亀たちは、仲が悪かったという。
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by kazeyashiki | 2015-10-28 10:20 | 世界 | Comments(0)

翼よ、あれが…   

いろいろなところへ出かけていろんな人と話をする。

原発は反対というとサヨクですか?と言われ、三島由紀夫さんの文学を賛辞するとウヨクか?と訊かれる。

ヨクはないからムヨクと答えるのはええカッコしいに思うし、両翼がないと飛行機は飛ばないなどというのも理屈っぽい。挙げ句、ぼくは複葉機が好きなんですなどと訳の分からないことを言っている。

翼とは議会の席の位置が由来なんだってね。
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by kazeyashiki | 2015-06-17 19:57 | 世界 | Comments(0)

44年前     

今から44年前の今日、三島由紀夫さんが自決した。
このニュースをぼくは、中学校から帰って来た昼間のテレビで知った。
調べてみると、水曜日だった。
昼間に帰宅したのはなぜか、と考えてみたら、
おそらく試験時期で、学校が昼までで終わったからだろう。
居間で亡き母が昼食を作りながら、
「大変なことが起こっているよ」と告げた。
画面のなかでアナウンサーがいろいろと解説し、
自衛隊の建物の様子が映し出されていた。

ぼくはショックを受けた。
なぜならちょうどその頃、三島さんの本を読み始めていたからだ。
『仮面の告白』であることが日記帳に記されている。
当時14歳…ませたガキである。
その前に『潮騒』と『花ざかりの森』を読んでいた。
どの程度読み込めていたかは分からない。
だけど三島文体に魅せられていたことはたしかで、
興奮気味に日記帳に読書感想文を書いている。

ぼくは三島由紀夫の思想的な側面に関してはよく分からない。
思想であるのか美学であるのか、エロスとの関わりであるのか、
その後、さまざまな人の書いたものを読んだが納得できていない。
しかしその後読み進めた三島文学の作品群に、
小説家としての、戯曲家としての、俳優としての、
そして一人の昭和の男としての姿を、自分なりに解釈して来た。
その結果、思ったことは単純なことである。
もっと生き延びてほしかった…ということである。
1970年以降の日本、やがて来る狂乱のバブル期から、
阪神淡路大震災、アメリカ911、そして東日本大震災…
三島さんはどのように語るのかを聞きかった。
実に身勝手で、幼い思いであることは承知の上で。

三島さんが亡くなったのは45歳。
大正14年(1925)生まれであるから、
まさに昭和と一緒に生きて来た人物だ。
同年生まれには、梅原猛、田中小実昌、大滝秀治、桂米朝、
ポール・ニューマン、ロバート・アルトマンなどがいる。

最近、三島さんの本を読み返すことは少ないが、
久しぶりに読みたくなった。
何度も読んだ『近代能楽集』か『午後の曳航』、
豊中の岡町が舞台の『愛の渇き』も懐かしい。
『絹と明察』もいい。

三島由紀夫が思ったことと感じたこと、
氏が見た昭和の時代の日本から何か得ることがあるような気がする。

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by kazeyashiki | 2014-11-25 11:15 | 世界 | Comments(0)

ラリトプル   


なぜか急にネパールのラリトプルに行きたくなる。
2002年に出かけたのかあ。もうずいぶん昔の話になってしまったなあ。
あの時はサッカーのW杯が開催中で、現地で日本の試合結果を聞いた。

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ラリトプルというのが正式名だそうだけど、パタンと呼ばれているかつての古都。
撮影のために歩き回った記憶があるけど、何だか不思議な場所だった。
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by kazeyashiki | 2014-08-08 18:08 | 世界 | Comments(1)

古寺巡礼   

大正七年の五月、
20代の若き哲学者・和辻哲郎は、
唐招提寺から薬師寺、法隆寺、中宮寺などを巡った。

岩波文庫版は何度か改訂が重ねられたものだが、
ちくま文庫版は初版であり、
若い情熱に充ち満ちた表現がちりばめられている。

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先の戦争に召集が掛かった学生達が、
この本を手に奈良を巡ったという話を聞いた。
もう二度と見ることができないかもしれない日本、
そのもっとも明らかな姿がこの古い都にあり、
古寺の面影のなかに見いだそうとした。

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この本を持って奈良を経巡りたいな。
五月には行こう!
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by kazeyashiki | 2013-04-07 14:29 | 世界 | Comments(0)