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このところ週末になると雨が降る。
歩きに行こうにもこの雨では行けない。
しかも台風だから風雨が強い。
ちょっとした買い物に行ってもずぶ濡れだ。
服が濡れるのは心地悪い。

映画『明日に向かって撃て』に
”雨にぬれても”という歌があった。
百貨店などでこの曲が流れると、
店内で働いている人に、
「雨が降りはじめましたよ~」と伝える
暗号みたいなものだけど、
客だって結構知っていて、
”外、雨が降って来たみたい”
などと言う。

歌詞に、
”I'm never gonna stop the rain by complaining”
という一節がある。
「雨を上がらすなんてできないし……」
みたいな感じなんだろう。

雨の歌、雨の詩、雨の絵、雨の映画のシーンなど、
雨が主題や通奏低音となる物語は多い。

雨宿りに入ったところから物語が始まる
井上ひさしの『雨』や、
半村良の可憐な小説『雨やどり』、
山本周五郎の『雨あがる』などを思い出す。
もっとたくさん雨がモチーフの物語はあるんだけどね。

銀色昆虫館の『風屋敷百年物語』という芝居は、
ずっと雨が降り続く日々を描いた。
おそらくマルケスの『百年の孤独』に影響されている。
話は全然違うけど、
降り続く雨のイメージだけを借りた物語だった。
題名もそうだけど。

扇町ミュージアムスクエアで上演した、
『怒濤の都』の第一作では、
幕切れに舞台に雨を降らせたこともあった。

どうもおれは雨が好きなのかもしれない。

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by kazeyashiki | 2017-10-29 13:57 | 素描 | Comments(0)

鳩笛の季節   

夕焼け空を眺めながら歩き帰って来ると、
風が、あきらかに季節の移り変わりを伝えてくる。
冬の前のあのどこか淋しいような、人恋しいような、
いつか感じたなつかしさのようなものが掠めていく。

ふと、長谷川きよしの歌「鳩笛」を思い出す。

♪~鳩笛は日の昏の音色 忍び寄る冬の足音

  鳩笛に亡き友を想う 岩木山雨に煙る日

  鳩笛を唇にあてる 思い出は雲と流れて

  鳩笛に涙する人よ 君もまた津軽生まれか~♪

作詞は清水みのる(明治36年~昭和54年)で、
田端義夫の「かえり船」や「別れ船」の作詞者でもある。
浜松生まれだから津軽にはいつか旅をされたのであろう。
そして、津軽の地で思うことがあったのかもしれない。
鳩笛の音色を耳にしたのかも。

過去は美しいものではない。
一つひとつの出来事には複雑な気持ちになることもある。
赤面し、うろたえ、穴があったら入りたいことが多い。
だが、漠然と”過去”と言ってしまえば、
それはまさに漠とした、細長い連なりのようなものであり、
もう二度と立ち帰ることのできない時の向こうの世界だ。
そして、そこには会うことの叶わぬ者たちの面影がある。
”亡き友を想う”のは、共に生きて来たあかしだ。

だからこそ、思い出す以外に手はないのだし、
書き留めるしかない。歌や手記に。



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by kazeyashiki | 2017-10-26 18:17 | 素描 | Comments(0)

ときどき見る芝居の夢   

時々、芝居の夢を見る。

今回の公演場所は異国、おそらくシンガポールに近い観光都市で、出し物は、これまで日本で公演してきた演目。ゆえにセットの組み立てとか照明、音響装置の配置などに時間をかけて、舞台稽古は少しだけしかやっていない。

まもなく開場ということになり、今回は出演していない銀昆のメンバーたちが見に来るのを迎えている。遠い距離をやって来るのだから感謝の気持ちもある。田島君は裏方で、走り回っている。ぼくは出演する役者~日本人が少なく、現地の人たちが多い~に最終的な確認などをおこなっている。

劇場は大きな倉庫のようなところで、100人以上入るようだ。「こんなに広くて大丈夫かな」と感じている。照明音響オペ室に行くと絵所さんが仕切っていて、 何も問題はないと安心する。また、劇場への入口にはいくつかの屋台が出ていて、現地の辛そうな料理や飲み物などを販売している。すべて現地人で、ぼくと目が合うと笑う。焦る気持ちが和む

いよいよ開場となってお客さんが入って来る。和田君が仕切っている。「あまり多くないですよお客さん」などと言いながら、あっちゃんと共に動き回っている。彼らは出演はしないし、数時間前に現地に到着したばかりで、手伝ってくれている。ガムランのような音楽が遠くからずっと流れていて、本当にここは日本から遠くはなれた場所なのだと感じている。客の入りは7~8割だろうか。知った顔がちらほらいる。みんな観光でこの場所に来て、そのついでに公演を見に来てくれたのだ。

いよいよ開演となり、暗転 する。ひとりの青年がスポットライトに浮かび上がり、ゆっくりとした踊りを舞う。やはり鳴っている音楽は東南アジア風のもので、ぼく自身初めて聞く音楽だが、違和感を抱いていない。もしかしたらぼくは知己の劇団公演の手伝いをしているだけなのかもしれない。だが、山崎ヒデキ作曲の唄が流れ出すと、そこは西部講堂に豹変する。長い花道を傘を差した女が歩いて出て来る。下駄の音がし、浴衣姿だ。光が強くなるとそれが信美ちゃんだと判明する。セリフは聞き取れない。ぼくは段取りをするために暗幕で仕切られた細い通路を通り抜けつつある。観客がざわめく。何が起こっているのか分からないが、暗闇のなかでおそらくダニーだと思うのだが、「ウケましたね」と剽軽な声を出す。裏で、銀色の大 きな皿を何枚も用意し、その上に料理のようなものを載せる準備をしていると、劇団や芝居とは全然関係のない、最近知り合いになった男が「大変ですね」と手伝ってくれる。

やがて終演。

終わった劇場で食事会が開かれる。大きなテーブルが並び、大勢の観客がそのまま残っている。アジア産の缶ビールが並べられ、大皿料理が盛りつけられていて、いったいいつの間にこんな準備ができたのだろうとふしぎな気持ちになっている。ふと横を見ると長江君が座っていて、「ビール?」と聞くと、長江君は「ぼくは最初から焼酎を飲みます」と答えた。

いざ乾杯となる前に、ぼくは誰かに呼び出されて雑誌の取材を受ける。日本人もいるが、異国人もいて、通訳があれこれと聞いてくるのだが、芝居と関係のない話が 多くて、笑うしかないので笑っている。気がついて劇場に戻ると、打ち上げはすでに終わっていて、バラシの最中。観客も役者もすでにいなくて、ぼくも次の場所へ移動する時間が迫ってきている。なんだなんだ、時間の経過が早すぎではないか!と夢の中で自分の夢に文句を言っている。つまりこれが夢であると自覚しているのだ。だが、そのまま便乗というか、続きを見てやろうと意識を戻す。

仲間はどこにいるのか?と見渡すと、田島君はバラシを続けていて、顔を合わすと「次の場所への移動はクルマか飛行機ですぜ」などと教えてくれる。長江君と信美ちゃんはもう帰ったという。すると電話が鳴り、和田君からだ。今、近くにいるのだが、このまま夫婦でヨーロッパ方面へ遊びに行くという。「それはい いね」と答えた。劇場の周囲を所在なく歩いていると日本人観光客が多く、地下鉄で移動しようと地下入口を進むと、そこは地下鉄ではなく地下劇場で、ぼくはまたここで芝居をするのだと妙に納得してしまう。

そこで目が覚めた。

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by kazeyashiki | 2017-10-05 14:03 | 記憶 | Comments(0)