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京の女たち   

京都にはかつて、ものを売り歩く女性達がいた。大原女や白川女という言葉をどこかで耳にしたことがおありだろう。

大原女は薪や柴を運ぶ。建礼門院に由来しているらしい。白川女は御所に花を献じたのがはじまり。このほかに、周山街道から、畑の姥という梯子や鞍掛を売る梅ヶ畑の女人たち、鮎を売り歩いた桂女、上賀茂から、すぐきを売る女性達がいた。

ほぼ共通する衣裳は、紺木綿の脚絆、手甲に三巾前掛姿だ。

いま、観光用の人々はおられるものの、絶えて久しいように思う。彼女達は古代末期から中世初めあたりに平安京が政治の都から、商いを営む町へと変貌した頃に登場したのではないかと林屋辰三郎氏が書いている。

なかでも白川女は毎月一日と十五日の紋日にはかならず朝の町にやって来たという。紋日とは辞書によれば、日常と違ったハレの日を意味し、年中行事や祝祭日や婚礼、葬式などの人生儀礼の行われる日のことて、紋付の晴れ着を着ることが多かったので、近世以来、紋日という言い方が流行したらしい。旗日と共通している。

一乗寺に住んでいた頃、1976〜7年頃に白川女を見た記憶がある。だがその時はなんの感慨もなかった。残念であります。

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by kazeyashiki | 2018-01-24 22:32 | 京都 | Comments(0)

オオサムコサム   

明日あたり大寒だそうだ。新年明けのえべっさん前あたりが小寒だったからいよいよ寒さも本格的になるということだ。

わらべ歌に「おおさむこさむ」というのがある。小さな頃に自分で歌ったのか誰かが歌っていたのかは憶えていないがこの歌を覚えている。こんな歌詞だ。

♪~おおさむこさむ
  山から小僧が泣いてきた
  なんといって泣いてきた
  寒いといって泣いてきた
  おおさむこさむ
  おおさむこさむ~♪

山から小僧が飛んできた、という歌詞もあるそうだ。小僧といえば「北風小僧の寒太郎」という歌がNHKの「みんなの歌」で流れていた。調べてみたら1974年12月に堺正章が歌ったもので、クラスの誰かが歌っていたのをかすかに覚えている。「寒い」と「小僧」の連想はしっくりと来る。おそらくその背景には「風の又三郎」というキーワードがあるからではないか。

「どっどど どどうど どどうど どどう青いくるみも吹きとばせ すっぱいかりんも吹きとばせどっどど どどうど どどうど どどう」

この物語は9月1日の青空が広がっているけど風の強い朝から始まる。

「そのとき風がどうと吹いて来て教室のガラス戸はみんながたがた鳴り、学校のうしろの山の萱や栗の木はみんな変に青じろくなってゆれ、教室のなかのこどもはなんだかにやっとわらってすこしうごいたようでした。」

紅テントの芝居「唐版・風の又三郎」にこの宮沢賢治の本文が引用されていて、この芝居を上演するという学生劇団の稽古に雑用係で参加していたぼくは(19歳だった)すっかりこのセリフを記憶してしまった。いま声を出してこの文章を読むと、青白くて茜色した世界に連れていかれるような気になる。

昨日今日と寒さが消え、日差しが暖かかった。だが、また来週から寒波到来だという。そういえばネットで、サハラ砂漠に雪が降り積もったというニュースが流れていた。ドイツでは強風が町を通り抜け、歩いている人や自転車乗り、トラックまでもが風に吹き飛ばされている映像が流されていた。

地球は異常気象なのか。気温だけでなく、地殻にも何かが起こっているのだろうか。

しばらくは屋外の仕事はない。いや、2月1日に農家を取材し農地を撮影する仕事がある。場所は大阪府内。もっとも大阪の寒さなど、東北や北海道の人に言わせたら笑止の至りであろう。

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by kazeyashiki | 2018-01-20 00:13 | 記憶 | Comments(0)

ほうじ茶   

 30歳頃まで「ほうじ茶」は法事の時に飲むお茶だと思っていた。
一人暮らしをしていて、お茶を飲む習慣があまりなく、
もっぱら家ではインスタントのコーヒーか紅茶。
実家で、持っていけといわれて日本茶の缶を渡されたくらいで、
ちゃんとした急須も持っていなかったと思う。
どうやって日本茶を淹れていたかといえば、
取っ手の付いた小さな網目の茶漉しを使っていたのだ。
母は玄米茶を日用していて、ほうじ茶は家になかった。
父は漢方のゲンノショウコのお茶を飲んでいて、
これはとても飲める代物ではないと思っていた。

 このほうじ茶が、実は「焙じ茶」であり、
煎茶や番茶を炒ったもの、焙煎したものであると知って、
何だか新しい世界のドアを開けたような気になった。
そして、飲んでみるとうまいのだ。
ほうじ茶は大きな急須に茶葉を多めに入れて、
熱湯をその中に入れるのがいいといわれている。
関西人の言い方なのだろうか、”ちんちんのお湯”である。
しっかり茶葉を広げさせて茶碗に注ぐ。
茶色い液体が湯気を上げる。
それを口にすると、香ばしさが鼻腔をくすぐり、
口に含むと独特の飲み味が広がる。
焙じたお茶であることがよく分かる。

 このほうじ茶、格付けでいうと玄米茶や番茶と同位だという。
なかには選りすぐりの高価なものもあるようだが、
手ごろな価格で、袋にぎっしりと詰まったものがいい。

 調べてみると1920年頃に京都で誕生したという。
たしかに京都のあちこちで出されたお茶はほうじ茶が多かった。
今宮神社参道のあぶり餅の二軒の店も、
餅と一緒に大きな急須が出てきて、ほうじ茶だったと思う。

 大学時代、この店の一軒でゼミが開かれたことがある。
森三樹三郎ゼミで、
教室に行くと、黒板に「ゼミはかざりやでおこないます」
と書かれていて、ぼくらは慌てて店に走った。
広い座敷のあるこの店で、あぶり餅を食べながら講義が開かれ、
ぼくらはお茶を何杯もお代わりしながら先生の話を聞いた。
店の人は何度か新しい急須を用意してくれたものだ。

 ちんちんの湯で淹れたほうじ茶。
勢いよく湯気が上がっているのは見ていて気持ちいい。
暖房が効きすぎる部屋ではなく、
ちょっと寒いくらいの、隙間風を感じる部屋で飲むと、
一段とうまさが増すように思える。

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by kazeyashiki | 2018-01-04 12:48 | 京都 | Comments(0)